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白菊の記憶 飛騨川バス転落事故から50年

国道41号の工事が新規事業化 危険箇所回避へ一歩



  • 国道41号で立ち往生していたバス2台が土石流に押し流され、飛騨川に転落した現場=1968年8月18日、加茂郡白川町河岐 
  • 悲劇を繰り返すまいと、現場付近の山では人知れず落石防止などの対策が進む=7月、加茂郡白川町 

 4人乗りモノレールが山の斜面を駆け上がっていく。木立の向こうに、寝そべった大蛇のような飛騨川が垣間見える。国道41号から200メートルほど進むと、ごつごつとしたむき出しの岩肌が姿を見せ始めた。

 国土交通省岐阜国道事務所は、飛騨川バス転落事故の現場を含む国道41号など、管内に4カ所の雨量規制区間を持つ。土砂崩れや落石の恐れがあるため、大雨の時に通行を止めるだけでなく、日頃から沿道の山に入り、落石防止のワイヤ張りや岩の除去、ネット設置といった防災対策を進めている。

 バス事故当時、国道41号は県を縦貫する大動脈として大規模な改良工事を終えたばかり。観光道路として交通量が急増、死亡事故が多発するため「魔の41号線」と呼ばれた。

 事故現場の写真には、大人の背丈ほどもある巨岩が写り込む。「地質が固く、周囲の山には大きな岩がごろごろしている」と岐阜国道事務所所長の依田秀則。管内700カ所を監視が必要な地点と定め、うち60の危険箇所を優先して対策に当たる。事故現場を含む上麻生規制区間には23カ所が集中している。

 1日1万台が通る国道沿いで、人知れず行われる対策工事だが、事故から50年たった今もいたちごっこの様相が続く。「毎年手当てをしても、風化や地震、台風、大雨で新たな危険が生じ、規制が必要な状況はなかなか改善されない」と依田は唇をかむ。

 そこに、大きな転換期がやってきた。国は本年度、事故現場を含む加茂郡七宗町川並から白川町河岐までの国道41号約6・2キロ区間で、防災対策事業を新規事業化した。今の道路の一部を生かし、危険箇所をトンネルや橋で回避するという。

 完成すれば、大雨による通行規制は必要なくなる。「まだ取り掛かっただけ。開通させないと意味がない」と依田。事故から半世紀。住民の悲願の成就には、まだ十数年の歳月が必要だが、節目の年に確かな1歩を踏み出した。(文中敬称略)

 飛騨川バス転落事故から半世紀がたった。毎年、遺族らが事故現場近くの慰霊塔「天心白菊の塔」に花を手向けるが、当時を知る人は減っている。その後の道路・防災行政に多大な影響を与えた大惨事の教訓は、現代にどう生かされているのか。事故の記憶と記録をたどる。

<8月15日朝刊掲載>




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