循環器内科医 上野勝己氏

 今、私たちは新型コロナウイルス(COVID-19)感染症によるパンデミック、つまり伝染病の世界的な大流行の真っただ中にいます。そして、高齢化した日本は"心不全パンデミック"と呼ばれる、もう一つのパンデミックに突入しつつあります。近年、心不全の患者が急増しているのです。今年の冬、もし次のコロナの大流行が起これば、心不全パンデミックとコロナパンデミックが同時に起こる恐ろしい事態となります。

 心不全とは、心臓の働きが低下して呼吸困難、全身の浮腫などを引き起こす病態です。心不全患者は現在120万人いて、入院患者は冬場に多くなります。新規に発病する心不全患者は毎年1万人ずつ増えていて、現在では年間35万人に及びます。75歳以上の高齢者が入院患者の7割を占め、看護や介護にかかる負担も大きいのです。心不全は一度発症すると入退院を繰り返しながらどんどん悪化していきますので、医療費の負担も大きくなります。

 心不全の原因には、虚血性心疾患、特発性心筋症、高血圧性心臓病、心臓弁膜症、糖尿病などがあります。とりわけ心筋症は有効な治療法に乏しいのですが、老化そのものも、心筋症による心不全を引き起こすことが分かってきました。老化に伴ってアミロイドというタンパク質が脳や心臓など全身に沈着してくることがあります。心臓に沈着したアミロイドは心不全を引き起こします。80歳以上では20%前後、90歳以上では約40%の患者でこのアミロイドの沈着が報告されていて、老化の結果として心臓が悪化していくのです。

 あの有名なきんさん・ぎんさんのぎんさんも、亡くなってからの検査で、他には何も病気は無かったのですが、ただ脳と心臓にこのアミロイドの沈着が認められたそうです。この病気による心不全は不治とされていましたが、近年、常識を超えるほど高価ではあるものの(薬価は1年間に約6400万円です)、新しい飲み薬タファミジス(商品名ビンダケル)が開発されました。ただし効果は一部の患者に限定的で、決してこの価格に見合う夢の薬ではないようです=図=。とはいえ、この薬を足掛かりに心筋症の治療法の開発がさらに進むことが期待されます。

 治療法はどんどん進歩していますが、まずは心不全を予防することが重要です。老化によるものはどうしようもありませんが、高血圧や糖尿病などの生活習慣病によるものは個人個人の努力で結果を変えることができます。これから冬がやってきます。生活習慣の改善を含めた自己管理に努めましょう。薬は余剰を出さないように、処方時の指示に従ってきちんと飲みましょう。これまで心不全を指摘されたことがなくても、過食過飲を避け、減塩に努めること、ヒートショックによる血圧の急激な上昇を避けることなどが大切です。

(松波総合病院心臓疾患センター長、羽島郡笠松町田代)