産婦人科医 今井篤志氏

 哺乳類に属するヒトは母乳で子を育てます。母乳は通常出産後1~2日すると、母親の乳房から分泌され始めます。そして授乳が終わると乳汁産生も止まります。今回はどのようにタイミングよく母乳分泌が始まり、終了するのかを考えてみましょう。

 乳汁産生の主役はプロラクチンというホルモンです。妊娠中は胎盤から大量に分泌される性ステロイドホルモン(エストロゲンなど)が脳の下垂体に働きプロラクチンの産生を促進します。このプロラクチンが乳腺や乳管の発達を促進します。しかし、性ステロイドホルモンは乳腺に働いて乳汁の産生・分泌にブレーキをかけます=図=。出産と同時に胎盤が体外に排出されると、性ステロイドホルモンが激減します。ブレーキが外れ、発達肥大した乳腺から乳汁が産生・分泌され始めます。

 通常は出産後2日目ごろから乳汁の分泌が起こります。この出始めの乳汁を初乳といい、粘り気のある黄色半透明で、栄養価が高く免疫物質を多く含みます。これは免疫機能の未発達な新生児の感染防御に極めて重要な働きを担います。数日後には移行乳となり、10日目くらいには成乳を分泌します。成乳は青みを帯びた白色です。カゼインといったタンパク質、糖と脂肪の三大栄養素をバランスよく含むだけでなく、母から子に受け継がれる免疫因子も含まれています。

 乳児が乳頭に吸い付いて刺激を与えると、神経を介して下垂体からオキシトシンというホルモンが放出されます(吸啜(きゅうてつ)反射)。オキシトシンは乳腺を収縮し、乳汁を射出するようになります。また、胎盤排出後に急激に低下した性ステロイドホルモンに代わって、プロラクチンを放出させ、乳汁産生を維持します。乳頭への刺激がなくなると、オキシトシンとプロラクチンの分泌がなくなり授乳期間が終了となります。

 ところで、皆さんは「乳牛」という種類の牛が存在すると思っていませんか? 牛が乳を出すのは、他の哺乳類と同様に出産後です。牛乳生産のために、計画的に人工授精と出産が人間によって繰り返されます。妊娠から約10カ月後に出産して、乳を出すいわゆる乳牛として活躍するようになります。1年弱ほどしたら再び人工授精で妊娠させます。次の出産が近くなると出産に向けエネルギーを蓄積するため、搾乳をやめて体を休ませます。そして、出産後に搾乳を再開するというサイクルを繰り返します。牛もプロラクチンとオキシトシンが乳汁分泌に関与します。

 プロラクチンは成長ホルモンと構造が似ており、しかも睡眠中に分泌が盛んになります。母性行動にも関与します。また、オキシトシンは安らぎを与える癒やしのホルモンとしても知られています。どちらのホルモンも非妊娠時の女性や男性にも存在しており、脳内ホルモンとして情緒をつかさどる働きが明らかになりつつあります。

(松波総合病院腫瘍内分泌センター長・羽島郡笠松町田代)