特発性正常圧水頭症(右)とアルツハイマー型認知症の脳のMRI画像。一見似ているので誤診されやすいが、特発性正常圧水頭症では黒で表される脳脊髄液の停滞がある(矢印部分)

脳神経外科医 奥村歩氏

 今回は特発性正常圧水頭症を紹介します。この病気では認知症にそっくりな症状が表れます。しかしその最大の特徴は、早期診断・手術で治ることです。

 82歳のTさんは、畑や釣りに出掛ける元気な人でした。ところが、この春は体調が優れません。タケノコを採りに出掛けた時のこと。なぜか、いつものようにスムーズにいかず、要領を得ません。穴場にたどり着くのに手間取ってしまいました。その日は収穫を諦め、何とか帰宅したのです。家族も最近、Tさんの異変に気付き始めていました。「物忘れがひどくなった」「今までこなしていた作業ができなくなった」。さらに「丈夫だった足腰が衰えて、歩行が遅くなり、よくつまずくようになった」。Tさんは総合病院を受診しました。そこでは「認知症と腰椎症」と診断されました。しかし、抗認知症薬を飲んで、整形外科に通院しても、病状は悪化する一方。さらに、トイレが間に合わず失禁する始末です。この経過を心配したかかりつけ医が当院を紹介してくれました。

 来院時のTさんは、何とか自力で歩くことはできました。しかし、その歩行は「ペッタンペッタン」。まるでペンギンのようです。足の甲が高く上がらない、特徴的な歩行です。認知機能も低下し、認知症と診断されてもおかしくない状態です。しかし、MRI(磁気共鳴画像装置)撮影や他の検査にて、認知症ではなく、特発性正常圧水頭症の診断基準を満たしたのです。早速Tさんは、岐阜大学病院の脳神経外科でシャント手術が行われました。術後経過は良好。Tさんは認知機能も歩行状態も回復しました。再び、アユ釣りを楽しむ日常に戻ったのです。

 私たちの脳は、スーパーで売っているパックに入った豆腐に似ています。豆腐が乾いたりつぶれたりしないよう、パックの中には水が満たされています。脳も同じように、頭蓋骨の中では脳脊髄液と呼ばれる液体に満たされています。

 しかし、脳脊髄液には豆腐の水とは異なる点があります。脳脊髄液は毎日、新鮮な水が脳内で刻々と産生され、古い水は脳外に排出されます。脳脊髄液は絶えず循環しているのです。若く健常な脳では、源泉かけ流しの温泉のように脳脊髄液が滞りなく新鮮です。しかし、老化に伴って脳脊髄液の循環が停滞する場合があります。この不具合が、認知障害・歩行障害・尿失禁などを引き起こすのが特発性正常圧水頭症です。

 この病気の症状は一見、認知症や腰椎症に似ているため誤診されやすく、専門家が診察し特殊な検査をして、診断にたどり着きます。そして、治療はシャント術を施行します。この手術は脳脊髄液の渋滞を改善するバイパス工事のようなものです。早期診断・治療で劇的に治癒する可能性が高いのです。特発性正常圧水頭症は決して珍しい病気ではありません。当院でも、年間100例以上は診断します。
 本稿に思い当たる節がある場合は、速やかに脳神経外科を受診してください。

(羽島郡岐南町下印食、おくむらメモリークリニック理事長)