岐阜大学精神科医 塩入俊樹氏

 まず、グラフを見てください。これは、内閣府政府広報室が2016年に行ったアルコール依存症に対する意識に関する世論調査で、アルコール依存症のイメージとして「本人の意志が弱いだけであり、性格的な問題である」が当てはまるかどうかの回答です。約44%の国民がアルコール依存症の原因を「意志の弱さや性格の問題」と答えています。しかし、依存症は、うつ病や統合失調症などと同じく、医学的に認められた精神疾患ですから、本人の意志の弱さや性格によってなるものではありません。

 世界保健機関(WHO)の依存症の定義には「精神に作用する化学物質の摂取や、ある種の快感や高揚感を伴う行為を繰り返し行った結果、それらの刺激を求める耐えがたい欲求が生じ」とあります。つまり、アルコールなどの習慣的な使用により脳や心、そして体の機能が変わってしまい、「やめたくてもやめられない状態」になるのです。ギャンブルやゲームでも同様の変化が脳に起こると、依存症になることが分かっています。では、脳がどう変化するのでしょうか。

 アルコールや薬物の摂取、あるいはギャンブルやゲームによって、脳にある「報酬系」という神経回路が刺激されます。この「報酬系」とは、何か心地良いことが起きた時、または報酬を期待して行動している時に活性化し、快感をもたらす神経系です。例えば、欲求が満たされた時、何かを達成した時、誰かに褒められた時だけでなく、おいしい食事や性行為など、誰もが普段から行っていることでも刺激されます。つまり、この「報酬系」は元々、私たち人間が生きていくために、そして種の保存のために必要な行為を反復させるためのものです。そのため、「報酬系」にはこのような行動を癖にさせる機能があります。そして困ったことに、アルコールや薬物、ギャンブルやゲームなども同じ脳部位を強力に刺激してしまうため、脳はこれらの行為を素早く学習し、本人の意志とは関係なく反復する癖をつけてしまうのです。

 「報酬」は、大きく①「動物的報酬」②「人間的報酬」③「短期的報酬」の三つがあります。①は摂食や性行為などより本能的なもの、②はお金や物などを獲得する「物理的報酬」、仕事の達成感などの「達成報酬」、美的感動や知的好奇心に関連した「感覚的報酬」、そして人に褒められたりする「社会的報酬」などです。そして③には、「摂取報酬」といわれるアルコールや薬物、そして「バーチャル的報酬」であるギャンブルやゲームなどが含まれます。次回は、「報酬系」とは具体的に脳のどの部分にあるのか、そのメカニズムについて詳しくお話しします。

(岐阜大学医学部附属病院教授)