くつろいだ雰囲気でダークマターの話に聞き入る参加者=岐阜新聞本社
参加者の質問に丁寧に答える鈴木洋一郎特任教授=同

銀河に重力及ぼす物質

 宇宙創生に大きく関わるといわれる「ダークマター(暗黒物質)」。世界各地で探索が行われているが、まだその姿は捉えられていない。飛騨市神岡町の地中にある、実験装置「XMASS(エックスマス)」でも、検出に挑戦している。このほど岐阜新聞社で開かれたサイエンスカフェでは、長く神岡で研究を続け、国際的にも活躍する鈴木洋一郎東京大国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構副機構長(特任教授)が「ダークマターの謎 宇宙の起源に迫る」と題して研究の歴史や探索方法などについて分かりやすく解説した。会場には、高校生から天文の専門家まで幅広い層が参加。質問を交えながら、宇宙の謎解きへの挑戦に夢中で聞き入った。内容を紹介する。
登場
 1933(昭和8)年、スイスの天文学者フリッツ・ツビィキーが、かみのけ座銀河団の質量を算出したとき、ダークマターの存在を示しました。

 銀河の光量が太陽の光の何倍か分かれば、銀河の質量を換算できます。一方、銀河の運動から、万有引力の法則によっても質量が分かります。

 ところが実際は、運動から推定した質量の数値が、光から推定した数値よりはるかに大きかったのです。そこで、銀河には目に見えないが重力を及ぼす何かがあると考え、その何かを「ダークマター」と表現しました。

 しかし、その後40年間、ダークマターは忘れ去られました。
存在
 1970年代になりアメリカの天文学者ベラ・ルービンが、アンドロメダ銀河の回転速度が中心から外側の領域までほぼ一定だという謎に気付き、ダークマターの存在を示したのです。

 万有引力は、質量の積に比例し、距離の平方根に逆比例して引き合う力です。太陽系では、地球の公転速度は毎秒約30キロ、太陽からの距離が地球の9倍離れている土星は毎秒約10キロと、万有引力の法則に従い、中心から離れるに従って、速度は遅くなります。しかし銀河は、中心から離れても回転速度が同じため、見えない質量が中心から遠くまで分布して、銀河をダークマターが取り囲んでいるはずだと考えました。
分布
 遠い銀河の手前に重い質量の天体があると、重い質量によってゆがめられた時空に沿って光が進み、重力がレンズの役目をします。重力レンズによって作られた遠い銀河の虚像の様子により、手前の天体の質量分布が分かります。ここでも通常の物質以外にダークマターが存在すると考えて、はじめてその分布が説明できます。
 ダークマターは、重力で集まりますが、エネルギーを効率よく逃がすメカニズムがないため、縮み方がだんだんゆっくりになり、銀河に広くまとわりついたような状態が保たれると考えられます。
 スーパーコンピューターのシミュレーションでは、宇宙初期のダークマターの濃淡が発展し、138億年で、濃いところに現在のような銀河ができました。ダークマターの量が多くても少なくても、現在の宇宙の構造はできませんでした。

正体

 ダークマターは、宇宙開びゃくから存在し安定していると考えられています。今のところ、重力による影響でしか証拠がありません。電気的には中性であり、現在分かっている標準モデルの素粒子とは別の、新たな素粒子である超対称性粒子の一つではないかとされています。

 銀河系にまとわりついているダークマターは、宇宙平均の20万倍くらいに濃縮され、しかも太陽系は毎秒230キロで動くため、ダークマターが陽子の100倍とすると1平方センチあたり毎秒7万個が通過している計算です。

 また、太陽は「はくちょう座」の方向に向かって進んでいるので、ダークマターは、はくちょう座の方向から平均速度230キロで飛んできます。地球の公転面が60度傾いているため、飛んでくる方向に近づくと速度がプラス15キロ、遠いとマイナス15キロ変化します。相対速度は約10%変わり、測定の割合が6月に一番多く、12月に一番少ない、という季節変動が観測の重要な要素になります。

 神岡では、10年近く前にXMASS実験が計画され、7年前にスタート。ダークマターがキセノンの原子核にぶつかって出たエネルギーの光を捉えます。

工夫

 検出器は、直径約1メートルの球形で、中に液体キセノンが入っており、周りに光を捉える多数の光電子増倍管が取り付けられています。キセノンは低温で液体になり、ダークマターのわずかな信号も効率良く捉えることができます。装置は宇宙線を防ぐために地下1000メートルにありますが、岩盤やシールドそのもの、われわれの身体、機材などから出る放射線バックグラウンドの影響もできるだけ防ぐ工夫をしています。
 残念ながら、これまでに、XMASSを含め、まだダークマターを直接観測した実験は世界中にありません。ダークマターの研究は、ますます謎が深まっています。今後は、可能性の高い方向以外の方法も探索できるように改良し、根源に立ち返って取り組みたいと考えています。