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岐阜新聞・岐阜放送懇談会

守備と足極めて生きる <7月合同例会>

元プロ野球選手・解説者大西崇之氏



プロ入り前から現役、コーチ時代のエピソードを語る大西崇之氏=岐阜市長良、岐阜グランドホテル
プロ入り前から現役、コーチ時代のエピソードを語る大西崇之氏=岐阜市長良、岐阜グランドホテル

◆テーマ「私を救ってくれた野球」
 岐阜新聞・岐阜放送懇談会の岐阜・西濃7月合同例会は28日、岐阜市長良の岐阜グランドホテルで開かれ、元プロ野球選手で解説者の大西崇之氏が「私を救ってくれた野球」と題して講演した。

 大西氏は、大学中退後に一度は野球を諦めようとするが、両親の勧めでプロ野球の入団テストを受けたことが転機となり、その後の社会人野球、プロ入りへとつながった不思議な縁を紹介。プロ入り直後は慣れない木製バットに苦しんだが、「持ち味の守備と足でプロの世界を生き抜こうと、練習では(打撃よりも)打球を追い掛けていた時間の方が長かった」と下積み時代を振り返った。

 1998年にベイスターズの抑え投手だった佐々木主浩さんから本塁打を打ったことに話題が移ると、「コーチから代打のことを相談された星野(仙一)監督が『誰でもええわ』と言ったのをベンチで聞き、勝手にネクストバッターズサークルに行った」とエピソードを明かした。星野さんからはその後、本塁打の記念にベルトをもらったことも明かし、「怖い人だったが時折見せる優しさがたまらなかった」と語った。

 引退後はスカウト、コーチとしても活躍。巨人のコーチ時代には「原辰徳監督から言われた『コーチも監督のつもりで勝利のために必死になってほしい』という言葉は今も胸に刻まれている」と話した。

 解説者の目で現在のドラゴンズを見て、「もっと1軍と2軍の入れ替えを増やし、活性化させないといけない」と指摘。県内出身の根尾昂選手には「強く振る打撃を求めすぎている。まずは甘い球を仕留める練習をすべき」と助言した。