東濃地域「加藤」姓なぜ多い 電話帳に2022世帯

2018年08月27日 08:56

明治期に建立された美濃陶祖碑。加藤景光らの功績をたたえている=多治見市平野町

明治期に建立された美濃陶祖碑。加藤景光らの功績をたたえている=多治見市平野町

 東濃地域に多い名字は? なぜ、ご当地グルメや独自の産業が地域に根付いたの?

 地元では当たり前のことも、域外から見れば新鮮に映る。地域に潜む素朴な疑問を記者のフレッシュな視点で選び、調べてみた。

 糸魚川さん、交告(こうけつ)さん、土岐さん-。東濃特有の名字は数あれど、一番多い名字ってなに? 東濃5市の名字を調べてみると、東濃らしい歴史が見えてきた。

 まずは電話帳の集計から。ハローページのデータ(7月更新版)を使って傾向をつかむと、掲載されている東濃5市の計5万1723世帯で最も多い名字は「加藤」(2022世帯)だった。次いで伊藤、水野、林、鈴木の順で多かった。

 姓氏研究家の森岡浩さん=川崎市=は「水野」など愛知県由来の名字が見られる点を指摘し「尾張北部の影響が大きい。古くから人の往来が盛んだったのだろう」と分析する。一方で「藤」がつく名字は古代日本の名家・藤原氏の子孫が多いといい、加賀国の藤原氏が加藤、伊勢国の藤原氏が伊藤を名乗った歴史があるという。

 なぜ、加藤が多いのか。東濃の歴史をひもとくと二つの流れが浮かび上がった。一つは「岩村城創築の祖」と呼ばれる鎌倉時代の武将・加藤景廉(かげかど)。源頼朝に仕え、中津川から瑞浪にわたる領地(遠山荘)を与えられ、子孫が定着した。子の代から「遠山」を名乗る流れもある。

 もう一つは安土桃山時代に織田信長の製陶振興で、尾張の瀬戸から移り住んだ陶工の流れ。可児の大平で開窯した兄の加藤景豊(かげとよ)、土岐の久尻で開窯した弟の加藤景光(かげみつ)の兄弟が知られる。土岐市美濃陶磁歴史館学芸員の春日美海さんによると、二人の子孫が多治見や瑞浪など各地に散っていったという。

 二つの加藤の"祖"とも名前に「景」がつき、同じ流れにあると考える人もいる。

 加藤が最多だったことについて、陶芸家の七代加藤幸兵衛さん=多治見市=は「自宅前の通りは12軒連続で加藤だから、郵便局泣かせ。作陶で悩む時は加藤ではなく"葛藤"になっているよ」と笑っていた。

 岐阜新聞社は「地方創生~チカラは地から~」をテーマに、県内各地で移動編集局を展開している。第4弾は東濃5市の魅力を伝える。

 美濃焼、地歌舞伎、山城、地酒、そして近未来のリニア中央新幹線―。山々に囲まれた東濃地域は、豊かな自然が育んだ歴史や伝統、ものづくり、食が多彩な輝きを放ち、多様な文化が交差する「宝箱」だ。