多治見に発祥店、「ころうどん」名前の由来は?

2018年08月30日 09:14

うどんに冷たくても香る露をかける滝晶宣さん=多治見市上野町、信濃屋

うどんに冷たくても香る露をかける滝晶宣さん=多治見市上野町、信濃屋

 主に東海地方で食べられている「ころうどん」。麺に冷たいつゆをかけて、ショウガやネギといった薬味を添えたシンプルなうどんだ。讃岐や稲庭、伊勢のように地名に関係なく、油揚げがのったきつねや天ぷらといった名称につながる具材もない。では、ころうどんの「ころ」って何? 岐阜県多治見市にある発祥の店で主人に聞くと、造語と教えてくれた。

 元祖の店は、市街地にある昭和レトロな外観の信濃屋(同市上野町)。名古屋市中区にあったうどん店で修業していた初代店主の滝吉雄さん(故人)が建物とのれんを引き継ぎ、戦前の1930年に創業した。45年の空襲で店が全焼、多治見市に疎開して48年に再開、現在に至る。

 2代目店主の晶宣さん(70)によると、ころうどんは吉雄さんが名古屋でのれんを継いでしばらくして考案した。客が途切れたわずかな時間に、かつおだしにたまり醤油(じょうゆ)を合わせた冷たい露(つゆ)をうどんにかけて食べたら意外にうまかった。

 冷たくても香りがする露をかけるから「香露(こうろ)かけうどん」と名付け、お品書きに載せた。「父は書画、骨董(こっとう)に造詣が深く、陶芸家とも交流があり、風流な人だった。だから、粋な名前を付けたのだろう」と晶宣さん。ただ、当時は温かいうどんが主流で注文は多くはなかった。

 多治見で店を再開後、高度経済成長期に徐々に口コミで広まり、テレビの番組で紹介されて人気に火が付いた。常連客が名古屋のうどん屋に作ってもらうようになり、店が少しずつ増えていったという。晶宣さんは「その過程でころかけ、ころと略して呼ばれるようになり、定着したのではないか」と推測する。

 高松大学長で、日本うどん学会会長の佃昌道さん(61)=高松市=によると、名称に地名が付いたうどんは寺社仏閣がある地域に多く見られる。具材に由来する名称のうどんも多いが「造語で名付けられたうどんは全国的にも珍しい。言葉遊びのような要素もあり、ころという響きも面白い」と話した。

 岐阜新聞社は「地方創生~チカラは地から~」をテーマに、県内各地で移動編集局を展開している。第4弾は東濃5市の魅力を伝える。

 美濃焼、地歌舞伎、山城、地酒、そして近未来のリニア中央新幹線―。山々に囲まれた東濃地域は、豊かな自然が育んだ歴史や伝統、ものづくり、食が多彩な輝きを放ち、多様な文化が交差する「宝箱」だ。