日付が変わった後も明かりがともる警察署の一室。自傷他害の恐れがある人の対応は未明に及ぶこともある=岐阜市内

 岐阜市内の警察署の玄関で署員が取り囲んだ高齢女性は、その夜、県内の精神科病院への措置入院が決まった。「何時間もわめいて叫んで、旦那さんもお手上げ。診察までにこんなに時間がかかるとは」。対応した署員の一人が、眠い目をこすりながら話した。

 精神疾患の症状で自傷他害の恐れがある人を警察官が見つけた場合、最寄りの保健所へ直ちに通報するよう定める精神保健福祉法23条。署員に促されて別室に移ってからも暴れたという高齢女性は、いったんは落ち着きを取り戻して帰宅することになったものの、署の建物を出たところで再び暴れ始めた。警察は保健所への通報を試みた。

◆国「原則、現場へ職員派遣」

 厚生労働省が2018年に各都道府県に通知した「措置入院の運用に関するガイドライン」では、警察官からの通報を保健所が受理した場合、原則として当事者がいる場所へ職員を派遣するよう明記している。職員については「『精神保健福祉相談員』等の専門職であることが望ましい」との記載もある。一方で、今回の件の対応に当たった警察官は「保健所職員は全て電話で対応していた。署には来ていないので、高齢女性の顔さえ見ていないはずだ」と明かす。

 ここに、岐阜県の精神保健医療を巡る一つ目のいびつさがある。

 精神保健福祉法が示す「最寄りの保健所」として、県内の警察署の通報先は県の保健所と岐阜市の保健所とがある。ただ、岐阜市保健所が現場に職員を派遣して措置診察の必要があると判断しても、決定する権限を持っているのは県のみ。一方で、ガイドラインが「対応する職員として望ましい」などと示す精神保健福祉士の資格を持つ職員は、県内7カ所の県保健所全てにはいない。

◆20年度の診察率11%

 匿名を条件として取材に応じた複数の警察官が証言する。

 当直勤務に当たるベテランは、「2時間ぐらい待たないと保健所職員が来ないことがある」。夜間に通報しても朝まで待たされ、署内でずっと当事者に付き添うこともあるという。「保健所は幻覚や幻聴、意味不明な言動があるかを特に重視しているようで、少しでも外れると診察につながらない」と話すのは、生活安全部門での勤務が長い警察官。そして、多くの警察官が話したのは同じ言葉だった。「保健所に通報しても意味はない」

 20年度は岐阜県の警察官通報200件のうち、精神保健福祉法が定める2人以上の精神保健指定医の診察に至ったのは11・0%だった。傾向は長年続いており、通報が年間千件を超えていた時期を含む11~16年度は、6年連続で全国ワースト。全国平均が5割前後で推移する中で、岐阜県の診察率は1割を切っていた。

 当事者が警察署などでどんなに暴れても、保健所職員が「診察不要」とした場合は当事者の“行き場”がなくなることもあり、警察署員が精神科へ付き添うこともあるという。落とし物の届け出を巡って警察署で暴れ、措置入院となった高齢女性は、県内では希少な事例だった。

 【措置診察】 自傷他害の恐れがある人について、精神保健指定医に診察させる都道府県知事の権限で、措置入院の要否を判断する。精神保健福祉法27条で定める。警察官や検察官らの通報や申請に基づくが、入院させなければ自傷他害の恐れが明らかな人については、通報や申請がなくても診察させることができる。

       ◇

 精神疾患の当事者を支える仕組みは適正か。複数の警察官らが明かした現場の実情、精神医療や自立支援に携わる関係者への取材を基に、実態を追った。


■ご意見・ご感想お寄せください■

 精神疾患を抱える人と社会の関わりについて、あなたも一緒に考えませんか?メッセージフォームから記事の感想や意見、取材依頼などをお寄せください。

 メッセージフォームはこちら