乳腺外科医 長尾育子氏

 先日、乳がんと診断された80代の女性は「乳がんは女性ホルモンと関係があると聞いたから、80歳を過ぎればならないと思っていた」と驚いていました。今日は、高齢の乳がん診療の特徴についてのお話です。

 国立がん研究センターの統計によると、乳がんは日本人女性が最も多く罹患(りかん)するがんで、9人に1人が生涯で乳がんを発症する計算になります。年齢別では、40~50代の女性に好発するとされていますが、80代、90代、100歳になっても乳がんにかかることがあります。高齢の方に対する検診、検査、手術、薬物治療について順に述べていきます。

 日本の乳がん検診の対象年齢は40歳以上で上限はありませんので、現段階では何歳であっても乳がん検診を受けることができます。しかし「マンモグラフィー検診を受けるには体力に自信がなくなった」という方もいると思います。高齢でマンモグラフィーの姿勢の維持が難しい、また、他の病気で体調が悪いなどの理由で検診が受けられない場合には、乳房にしこりなどの異常がないかを自分でチェックして、異常を感じたらかかりつけ医に相談するか、乳腺外科を受診するようにしてください。

 乳房にしこりを感じたら、病院の乳腺外科を受診しましょう。病院ではマンモグラフィー、超音波検査の他に、必要に応じて病理組織検査や乳房MRI検査、CT検査などを勧められます。当院を受診された中には「私は90歳で、すごく年を取っているから手術は受けたくない。高齢者のがんは進行が遅いと思う。だから検査もしたくない」という方もいました。乳がんには進行が早いものも遅いものもありますが、進行速度と年齢は関係ありません。乳がんにはいろいろな種類があり、その後の経過もさまざまなので、どのような腫瘍なのかを知ることはとても大切です。はじめは治療を受けたくないと思っても、その後の経過を予測し、納得できる診療方針を選択するために、組織診断は受けることをお勧めします。

 手術には年齢制限はありません。何歳であっても乳がんを治すために手術を計画することは可能ですが、高齢になると糖尿病や腎臓病や心臓病などの基礎疾患が増え、若い人に比べると基礎体力も弱くなりますので、手術に伴う危険は増加します。よって、全身麻酔で行う乳がんの手術に耐える体力があるかを十分に考慮し、手術を計画する必要があります。重い基礎疾患があるなどの理由で体力がないため手術を避ける場合には、それ以外の治療方法について医師と十分に話し合うことが大切です。

 乳がんの薬物治療はホルモン療法、抗がん剤治療、抗Her2療法などの分子標的薬、他にも近年多くの薬剤の治療効果が科学的に証明され、保険適応となっています。比較的副作用が少なく行えるのはホルモン療法で、乳がんの3分の1を占めるエストロゲンレセプター陽性乳がんに効果が期待できます。抗がん剤治療は、治療効果が期待できる一方、吐き気や全身倦怠(けんたい)感、骨髄抑制(血液検査で白血球減少など)、末しょう神経障害などの副作用がありますので、治療を行う場合のメリットとデメリットをよく理解して、メリットが勝ると判断した場合に行うことになります。

 乳がん診療は日々進歩し、それに従って治療の選択肢も増えています。すべての年齢の乳がんに対して、治癒を目標にしっかり治療を進めることが大原則ですが、忘れてならないのは、どのように生きたいかという人生観を尊重すること、そのために最善の治療は何かを考えていくことだと思います。

(県総合医療センター乳腺外科部長)