上部消化管レントゲン造影検査(食道)

消化器内科医 加藤則廣氏

 食べ物をうまく飲み込むことができない状態を嚥下(えんげ)障害と呼びます。嚥下障害を来す病気には食道がんや咽喉頭がんなどの悪性疾患がありますので、早めの医療機関に受診が必要です。また、脳梗塞による脳神経障害やパーキンソン症候群などの神経疾患、逆流性食道炎でも出現します。その他に、頻度は少ないですが、食道の運動に何らかの機能障害を来す食道運動機能障害と診断される疾患があります。その一つに「遠位食道けいれん」があります。耳慣れない病名ですがこれまでは「びまん性食道けいれん」の診断名でした。しかし病気の成立機序から「遠位食道けいれん」に変更されています。今回は遠位食道けいれんについてお話しします。

 食道は食道壁の筋肉を上から下に順次に収縮と拡張を繰り返す「蠕(ぜん)動運動」によって、食べ物を口から胃へ運びます。蠕動運動は重力とは無関係に食べ物を移動させることができるため、逆立ちをしていても食事ができます。食道壁の筋肉は上部3分の1は横紋筋ですが、下部3分の2は他の消化管と同様の平滑筋で、神経系ニューロンの活動で蠕動運動を行っています。

 食道の動きはバリウムを用いた上部消化管レントゲン造影検査で見ると、正常であれば写真の「正常①」のようにバリウムを飲んだ直後のバリウムは白く写っていますが、蠕動運動によって「正常②」ではバリウムはすぐに食道から胃内に移動します。しかし、典型的な遠位食道けいれんの患者さんは、食道内に白く写るバリウムが長時間にわたりとどまっています(写真右)。食道壁が、神経障害によって収縮と拡張を同時に出現させるため、蠕動運動は正常に行われません。平滑筋である食道の下3分の2の食道壁に凹凸があって「けいれん」しているように見えるため「遠位食道けいれん」と呼ばれます。

 自覚症状として胸のつかえ感以外に、けいれん様の胸の痛みがあります。時間が数十分から数時間持続することや、各種の検査によって、狭心症や心筋梗塞などの循環器疾患とは鑑別できます。

 遠位食道けいれんをはじめとした食道運動機能障害の診断には食道内圧検査が必要です。食道の収縮と拡張の圧力を測定する検査ですが、最近は高解析度マノメトリー(HMR)が開発されて、比較的初期の段階の食道運動機能障害の診断が可能です。この検査法は主に大学病院などの基幹病院で行われています。

 遠位食道けいれんの根本的な治療法はまだ確立されていないために対症療法となります。国内では降圧剤であるカルシウム拮抗(きっこう)薬や、酸分泌抑制剤などが用いられます。痛みが強い場合には抗うつ薬なども有用です。また最近は、内視鏡による経口内視鏡的筋層切開術(POEM)が症状の緩和に有用であるとの報告もみられます。

 遠位食道けいれんは比較的にまれで、また早期の診断も難しい疾患です。嚥下障害や胸痛があれば早めに医療機関を受診してください。また嚥下障害は誤嚥性肺炎を来しやすいので、放置することは好ましくありません。