笠松競馬の誘導馬で麦わら帽子姿のウイニーと、乗り役の塚本幸典さん

 「頑張ろまい相棒」―。笠松競馬場の名物でもある内馬場パドックでは、誘導馬も周回し、出走馬を先導している。他の競馬場では見られない奮闘ぶりで、炎天下や豪雨など悪天候にも耐えて12Rまでびっしり。長時間、長距離ウオークの過酷なお仕事だが、先頭を黙々と歩いている。特に猛暑は大敵で、麦わら帽子姿で登場することもあった。

 笠松競馬の誘導馬には、レースを長年支えている2頭がいる。JRAで1回だけ走ったことがあるエクスペルテ(愛称・ペ君)と、ポニーで「日本一小さな誘導馬」とも呼ばれるウイニー君だ。園田・笠松競馬誘導馬カレンダーに登場したこともある愛くるしいアイドルホース。レース開催中は日替わりでパドックにも立って、気性が荒い出走馬たちを落ち着かせようと、ゆったりと先導している。連日での出勤もあり、ウイニー君は4日連続で計45レースを完歩したこともあった。

誘導馬を務めているエクスペルテと塚本さん。ファンとの交流も大きな役目だ

 ■ペ君とウイニー君、装鞍所から先導しパドックも周回

 ペ君は2008年に4歳の若さで誘導馬デビュー。ウイニー君はその2年後にデビュー。ともに18歳になった。乗り役は「つかさん」の愛称で知られる塚本幸典さん(66)。オグリキャップと走ったことがあるハクリュウボーイ(愛称・パクじぃ)が誘導馬になってからは、名コンビを組んできた。誘導馬騎手として30年以上、人馬一体で笠松競馬の名馬や未勝利馬もパドックまで先導して、周回してきた。
 
 パドックを出て、各馬の本馬場入りを誘導すると、外ラチ近くに立ち止まって、ファンとも間近で対面。塚本さんとともに、返し馬に向かう各馬の健闘と無事を願っているかのようで、じっと見守る姿はりりしくて頼もしい。装鞍所に帰る途中もファンや子どもたちの前で立ち止まって記念撮影に応じたり、ふれあいも深めながら、次のレースに備えて戻っていく。

今夏、各馬が周回するパドック内では、猛暑対策でミストの噴射も行われていた

 「蒸し暑い岐阜の夏を無事に乗り切れますように」と毎年、我慢強く猛暑との闘いにも挑んできた。他の地方競馬やJRAの誘導馬の仕事は、パドックから本馬場入りする出走馬を先導するのが一般的だ。ところが笠松の2頭は、仕事量がはるかに多い。まず装鞍所から300メートルほど離れたパドックまで各馬を先導。そしてパドック周回の間もずっと先頭を歩き続けており、重労働だ。夏場には装鞍所やパドックでミストの噴射はあるが、炎天下での蒸し暑さは半端ない。JRAの調教師たちは「猛暑時には、パドックは1周するだけでいい」と言うほどで、暑さに弱い競走馬にとっては厳しい道のりである。

 ■猛暑で誘導馬は現れず、塚本さんが「誘導人」に

 ペ君らの勤務時間は、1日12Rなら午前10時ごろから午後5時半ごろまで。全レースをただ1頭で担当することが多く、装鞍所とパドック(周回を含む)を往復。移動距離は1日で十数キロとみられ、他場の誘導馬との運動量を比べれば、かなりのハードワークだ。夏場は猛暑日も多く、終盤のレースではスタミナを消耗する。このため、3年前の夏には誘導馬が現れない非常事態もあった。体調管理のため、序盤の4Rまでは先導を回避。塚本さんが「誘導人」として各馬を引率したのだった。誘導馬は5Rからの登場となった。

馬インフルエンザで誘導馬のハクリュウボーイも登場できず。塚本さんが徒歩で先導した=2008年5月

 また、今年8月26日には、9Rからウイニー君がパドックに来ないこともあった。塚本さんが出走馬の前を歩き、パドックに到着。各馬の様子を見守った後、一礼して装鞍所に戻ったという。9月8日にもウイニー君は11Rから誘導を回避した。レースの合間には全身を水で冷やしたりして、ケアに努めるが体調を崩すこともある。このほか、競馬場内ではハプニングも多い。レース中に落馬などのアクシデントがあると、次のレースの発走時間が大幅に遅れ、パドック周回時間が長くなり、誘導馬や各馬の疲労が増すことにもなる。

 2008年5、6月には、馬インフルエンザで笠松競馬の37頭に陽性反応が出た。誘導馬のパクじぃも4日間出場できず、塚本さんが徒歩で出走馬を先導する異例事態となったこともあった。25日ぶり復帰では12Rまで誘導。「年寄りでも体力があったから、発症せずに済んだのでしょう」と愛馬のたくましさをたたえていた。

 ■返し馬は左右どっちへ、撮影するファン一喜一憂

 内馬場パドックでは、騎手が各馬にまたがると、ラストの1周をファンに十分見せることなく、すぐに本馬場入りする点について前回指摘したが、もう一つ問題点がある。

 本馬場入りは1コーナー方面か、4コーナー方面か。左右に分かれるため、お目当ての馬を撮影するファンにとっては「運命の分かれ目」でもあり、一喜一憂となる。スタンド側の外ラチ沿いをゆっくりと4コーナー方面へ向かってくれれば、ファンは大喜び。間近に人馬を見て撮影できるからだ。 

騎手が騎乗するとすぐにパドックを出て本馬場入り。誘導馬の前で、左右に分かれ、ファンのシャッターチャンスは微妙になる

 一方、パドックを出てすぐに1コーナー方面に向かう馬。ファンの前を通るのは苦手なのか。スタンド前を避けて、内ラチ沿いでスピードアップして返し馬に突入。名古屋やJRAの騎手ら遠征組に多いが、馬のコンディションによっては笠松の騎手も同じようにする。カメラやスマホを構えるファンの立ち位置にもよるが、馬が1コーナー方面に向かえば、パドックを出る一瞬しか騎乗姿の撮影チャンスはない。

 馬のコンディションや騎手、調教師の判断もあって、パドックからの対応はまちまちである。本馬場入りは左右どっちに行くのか。レース直前の馬の精神状態の判断材料にもなり、馬券検討の上でも注目してみると面白いかも。かつてアンカツさんが笠松で活躍していた時代、返し馬での引き返し地点なども参考にして、勝負気配を見分けていたオールドファンもいたようだ。

 ■「ラチ沿いを歩く姿を近くで」シャッターチャンス

 内馬場パドックについて、ファンたちにも聞いてみた。

 入れ込み癖などで出走馬の装鞍所騎乗が多いことついて。「騎手はパドックに来なくなったが、早く返し馬に出るようになったので、先出しはいいこと」。また「馬は長い距離を歩いて装鞍所に引き返しているが、途中に仮柵などを設けて、馬を出すのも一つの方法」。パドックの造りはこうだけど、撮影に励む女性ファンは「笠松しか知らなくて、こういうものだと思っていた」「もっと近かったらいいのに」といった声もあった。

4コーナー寄りの外ラチ沿いで撮影するファン。人馬との距離が非常に近い

 パドックはコースを挟んでスタンドから離れているが、素晴らしい取り組みもある。4コーナー方面へ曲がった騎手は、お客さんがいる外ラチ沿いを通って、馬を見せながら返し馬へと向かうようになった。ファンとの距離は1~2メートルで、すごく近い。このタイミングで撮影しているファンには絶好のシャッターチャンスだ。パドックが遠いため、せめて「ラチ沿いを歩く姿を近くで見てもらおう」という、競馬組合の粋な計らいのようだ。笠松の騎手の多くと名古屋勢もゆっくりと進んでくれて、その迫力を体感できる。

 熱烈なお客さんとのシャッター越しの交流では、騎手たちが流し目などでカメラ目線を送ってくれたり、ニヤリと笑顔を返してくれて、意外な表情を撮影できることもある。各馬は4コーナー近くでUターンし、スタンド前を駆け抜けていく。

 ■内馬場パドックを生かしたファンサービスを

 一方、すぐにスピードアップして1コーナー方面へ返し馬に向かう人馬も多い。「せっかく、お客さんが来ているのに、撮影できないのは残念です。馬の状態もあるでしょうが、パドックの造りがこうなんだから、もう少し見やすくする工夫が必要では」という声もある。また、返し馬に出る際、愛馬を担当する厩務員たちは「無事にゴールして戻ってきてほしい」と願って手を放すシーンは、臨戦モードに入る瞬間でもあり印象的だ。

タッチウェーブに騎乗し、返し馬に向かう深沢杏花騎手と、愛馬の無事を願って送り出す厩務員


 「レース間隔の35分は長過ぎる」と、ちょっと退屈そうな声が競馬専門紙上にあった。ファンからは「トラクター(愛称・ババヲナラスクルマ)が通ってからで、馬が出てくるタイミングが遅い」とも。園田競馬場では、各馬のパドック入りは発走の25分前だったし、JRAでは30分前が多い。笠松が発走20分前と遅いのは、装鞍所から移動時間を要するためでもある。レース運営上、厳しいタイムスケジュールだが、競馬組合によると「35分」という長めのレース間隔は「ゲートインを嫌がったり、放馬などでスタート時間が遅れた時のための調整用に設定しています」とのことだ。

  パドック周回や返し馬は、ファンが出走馬の気合乗りなどをチェックする重要な場である。笠松名物でもある内馬場パドックをもっと生かして、馬券購入や競走馬の撮影を楽しむへのファンサービス向上に努めてもらいたい。

 ■「応援の横断幕は、場内テレビで映してほしい」

 ところで、笠松競馬のパドックには、ファンが応援する馬の横断幕を飾るスペースがない。このため、競馬組合では「横断幕を掲出できる場所は東スタンド(ゴール~パドック北付近)の2階通路の手すりに限ります」と設置ポイントを指定。「インシュラー」「関本玲花」「TEAMモモ」などの応援幕を見かけたことがあった。整列した騎手は正面から見ることはできるが、整列時間は一瞬でパドック周回も短い。昨年末に勝ったインシュラーに騎乗した大原浩司騎手は、応援幕に気付いていなかった。パドック付近に飾れれば一番いいが、スペースがないし、馬を驚かせたりトラブルになると困る。

パドック内には掲示できず。関本玲花騎手(期間限定騎乗)を応援するファンの横断幕は、東スタンドに掲げられた

 ファンからは「場内テレビでは、スタンドに掲げられた幕を一切映してくれなくて寂しいです。せっかく応援する人馬のために持ってきたんだから、映してくれるといいですね。『あの人馬の応援幕が出てる』とか、ネットで見るのは楽しいし。幕があることをどこかで分かるようにしてほしい」と熱い声も。応援幕を出している人は少ないが、画面で紹介されれば注目を集めそうだし、手作り感満載で、レース盛り上げにもなる。テレビカメラでの撮影が難しければ、事前に応援幕の画像だけ撮影して、ライブ中継のパドックタイムで流してもらえれば、幕を出したファンは大喜びだし、応援をアピールできる。

 誘導馬については「夏場は暑いのに長時間、かなりの距離を歩かなければならいことが心配。終盤に誘導を回避したこともあったし、猛暑時は無理しないで、もうちょっと距離を短くして歩けたらいいですね」。また「騎手がバスから降りてからダラダラ歩いているから、速く歩いた方がいい」といった声もあった。

全国最高齢の誘導馬として活躍したハクリュウボーイと、NARの感謝状を手にする塚本幸典さん=2010年2月

 ■パクじぃの遺志を2頭が受け継いで

 世界的にも珍しい内馬場パドックならではの光景。その希少価値をもっと生かして、ライブ観戦者にも、ネットの画面越しのファンにも有意義な馬券検討の時間を提供できるといい。騎手騎乗後にはもう1周してほしいし、他場並みにファンがじっくりと眺め、聖地巡礼の若者らもスマホなどで撮影しやすくなるといい。

 ペ君とウイニー君は、年齢的にも体力は落ちてくるだろうが、笠松誘導馬の大先輩だった「パクじぃ」という大きな目標があるはずだ。パクじぃは50戦して12勝、2着8回と活躍。30歳まで長生きし、27歳時の2010年には、NAR(地方競馬全国協会)から、長年の貢献とファンとの交流をたたえる感謝状を贈られた。

 9年前、天国に旅立ったパクじぃだったが、22年間、常に寄り添って身の回りの世話をした塚本さんは「優しい性格の馬だった。最期は、エクスペルテとウイニーにも見守られ、安らかな顔だった。今後はこの2頭がパクじぃの遺志を受け継いでいってほしい」と、笠松競馬場での奮闘を願っていた。

「ウマ娘シンデレラグレイ賞」のゼッケンを着けた出走馬を誘導したウイニー(左)

 ■「ウマ娘シンデレラグレイ賞」ではウイニーが先導

 夏場の暑さをはじめ、豪雨、降雪など悪天候にも負けないで、出走馬の先頭を歩き続けるペ君とウイニー君は、オグリキャップと同じ芦毛馬だ。4月の芦毛馬限定レース「ウマ娘シンデレラグレイ賞」ではウイニー君が先導したが、来年4月に第2弾が開かれれば、どちらかが先導することになる。

 10月8日には笠松競馬「秋まつり」が開かれる。与田剛さんや森山泰行さんのトークショーをはじめ、楽しいイベントがいっぱい。最も盛り上がりそうなのがチャリティーオークションで、騎手の勝負服やゴーグル、オグリキャップらのゼッケン(レプリカ)なども出品される。「ウマ娘シンデレラグレイ賞」出走馬のゼッケンも飛び入りで追加出品されれば、ウマ娘ファンの「お宝グッズ」として人気を集めそうだがどうか。

 オグリ、パクじぃの時代から。笠松競馬を盛り上げてきた芦毛馬たち。パクじぃが誘導馬としての天寿を全うしてからも、立派な後継馬として、塚本さんとともに各馬を先導するペ君とウイニー君。これからもずっと、その頑張りと愛らしい姿で、ファンのハートを癒やしてくれることだろう。