新型コロナウイルス感染症の影響で、岐阜県内の外国人の全体数は昨年まで2年連続で減った。入国制限により技能実習生が来られなくなったことが大きな要因だ。ところが、外国人の小中学生は増えている。2021年度まで12年連続になる。なぜ外国人の全体数は減っているのに子どもは増えているのか。調べると、子どもが増えた要因の背景には在日ブラジル人家族の定住化があった。
かんたん検索! 岐阜県・東海のイベント お出かけ情報総合サイト「ぎふっと!」法務省の「在留外国人統計」によると、岐阜県に住む外国人の総数は新型コロナ禍が始まった2020年から減少。21年12月末で前年比4・5%減の5万6697人となっている。技能実習生の数も岐阜労働局によると21年10月末時点で、1万2373人と前年比で15・4%減少した。
単身者が県外に移動
外国人が減少した理由は、技能実習生の減少以外にもある。県内に住む外国人の2割弱が集住する可児市で、外国人の生活支援を行っている可児市多文化共生センター・フレビアの各務眞弓事務局長は「県内で仕事を失った外国人が仕事を求めて他県に移っていった」と減少した理由を説明する。岐阜県の主要産業は自動車部品で、その関連企業の工場に勤める外国人は多い。しかし感染拡大が始まった当時は、自動車関連の工場はコロナにより稼働停止を余儀なくされるほどの緊急事態。働けなくなって困った外国人が、働き口を求めて隣県の愛知県や福井県などに移っていったという。これが県内の外国人の総数が減ったもう一つの要因だ。母国に帰ろうにも日本と同様に経済が安定していないうえ、一度帰国するとコロナ対応による入国規制で改めて日本に入国するのが難しくなる。このため日本での生活を諦めて帰国する人もいたが、日本国内で移動していく人が多かったという。帰国する場合も国内で移動していった場合も移っていった人は身軽な単身者が多く、家族がいる人は残るケースのほうが多かったと聞く。下のグラフを見ていただきたい。外国人全体だけでなく、技能実習生の対象国ではないブラジル人も減っていることが分かると思う。県外に移っていったことが分かるだろう。
一方、文部科学省の「学校基本調査」によると、県内の外国人の小中学生の数は2021年度まで12年連続で増加。2009年度には1646人だった小中学生の数は、21年度には3187人と93・6%も増えている。下に示したグラフを見てもらいたい。外国人の総数は20年から前年比マイナスに転じているが、小中学生の数はずっとプラスを維持していることが見て取れると思う。なぜ子どもの数は減るどころか増えているのか。
子ども増の要因はブラジル人家族
各務事務局長によると、その謎を解く鍵は県内に住む外国人の中で2番目に多いブラジル人にあるという。ブラジル人は以前、単身で出稼ぎに来ていた人が多かったが、近年は家族を呼び寄せたり日本で結婚して家庭を持ったりするようになったという。2008年のリーマン・ショックで一時減少したものの、5年前あたりから家族で住むブラジル人が増加。各務事務局長は「ブラジルの人は家族を大切にする。一緒に住みたいという気持ちが強い」と家族で住むようになった理由を指摘する。それが子どもが増えた理由だ。
安全面から日本に定住
ではなぜ日本で家庭を持とうとするのか。実際に日本で子どもを育てているブラジル人家族にインタビューをした。美濃加茂市川合町に住むダ・クルス・ロジェル・シャビエルさん(38)一家。妻のカリナさん(43)、娘のヴァレンチナ・フェレイラちゃん(9)と暮らす。ダ・クルス・ロジェルさんは2008年に、カリナさんは1999年に来日し、2人は日本で出会った。出産は家族がいる場所でと考えて母国に一時帰っていたものの、ヴァレンチナ・フェレイラちゃんが2歳半の時に日本に戻ってきた。
2人は日本語がほとんどできない。インタビューも通訳を頼んで行った。それでも日本での生活を選んだ理由を尋ねると、「安全面」と即答した。2人とも都会のサンパウロ出身で、故郷は治安がいいとは言いがたい。サンパウロ州保安局の犯罪統計によると、同州の21年の殺人件数は2713件。ちなみに警察庁の犯罪統計資料によると、同じ21年では岐阜県は14件。比較のために10万人あたりにすると、サンパウロ州は5・8件だったのに対し、岐阜県は0・7件と8倍の差がある。田舎で治安がいい岐阜県なら、娘を育てるにあたって安心できるという親心は理解できる。これからも日本でずっと暮らすつもりで、マイホームも昨年購入した。ダ・クルス・ロジェルさんは「日本で暮らしをつくり、娘を育てたい。娘を大学にも入れたい」と日本での将来の夢を語ってくれた。
故郷は日本
もう1家族から話を聞いた。可児市土田に住む阿部ビニシウス・ヒロシさん(38)一家。妻のナタリア由美さん(35)と息子の寛希くん(11)、直樹くん(8)、由美さんの両親の6人で暮らす。由美さんは7歳の時に来日し、日本語が堪能。可児市の今渡北小学校で通訳の仕事をするほど日本語が上手だ。ヒロシさんは14歳で来日。20年以上愛知県の同じ会社に勤めている。2人とも日系3世にあたる。2人は2006年に結婚。2019年にマイホームも購入した。
由美さんは来日してからずっと土田で暮らしており、「小さい時から土田にいる。いい思い出がある。ここで生活したい」と希望。「土田が私の故郷」と言い切る。寛希くんも「生まれた時から友達がいっぱいいる」と日本での暮らしを楽しんでいる。日本での暮らしが長いことから、シャビエルさん一家以上に日本の地に根ざしている。由美さんは「子どもたちには日本の文化になじみながら、ブラジルの文化や言葉も理解して成長してほしい」と話す。
かつて日本に住む外国人は、一時的な出稼ぎの人が主流だった。しかし今ではこの2家族のように家族で住み、日本での定住を希望する人たちが多くなっている。由美さんのように故郷が日本だと考える人まで現れている。日本では少子化が進んでいるが、外国人の子どもの数は今後さらに増えていくに違いない。









