東京五輪の自転車男子オムニアムで5日、橋本英也(ブリヂストン・日本競輪選手会岐阜支部、岐南工高出)は15位に終わった。活躍する姿を見せることはできなかったが、五輪に向けトラック、ロード、競輪と"三足のわらじ"に挑み、活動の幅を広げてきた27歳は、最後まで懸命にトラックを駆け抜けた。「悔しい。もう少し楽しみたかった」と振り返った。
かんたん検索! 岐阜県・東海のイベント お出かけ情報総合サイト「ぎふっと!」2016年リオデジャネイロ五輪は、代表入りが有力視されながら落選。「五輪で成績を出すことだけに集中していた。自転車人生で最大の挫折」で、五輪本番はテレビ観戦することもなく、当時はテーマソングを聴くだけで「じんましんが出るような感じだった」というほど。「抜け殻のような感じだった」とその年は競技へのモチベーションも失った。
気持ちを切り替え、「自分の居場所を増やすため」に挑戦したのが、競輪とロードレースだった。いずれもオムニアムの種目ではないが、競輪では勝負勘や瞬発力を研ぎ澄まし、ロードレースでは持久力に加えペース配分などの戦略性を鍛えた。1日4種目の合計点を競うオムニアム。自身の可能性を広げるには十分といえる挑戦となった。
新型コロナウイルスの感染拡大で五輪が1年延期となった昨年は、メンタルの安定にも寄与した。開催への賛否両論があふれ練習環境も制限される中、さまざまな種目に挑戦することで「自分の視座が高くなった」と、自身が置かれた状況を冷静に受け止めることに役立ったという。
多くの選手がモチベーションの維持にも腐心していたが、橋本は「五輪が全てではないと思うと、リラックスして臨めていた」と、粛々と練習に集中。「この1年は自分にプラスだった」と言い切る。
三足のわらじで培った力を発揮すべく挑んだ五輪は思い通りにいかず、ほろ苦いものとなった。それでも、どん底からはい上がった橋本は心身ともに成長を遂げ、前回は立つことすらできなかった舞台を確かに経験した。「やってきたことに間違いはなかったと思う」。悔しさばかりが口を突く中、信じて歩んだ道のりに後悔はなかった。










