岐阜城と織田信長について語る中井均さん=岐阜市大宮町、市歴史博物館

 岐阜市歴史博物館(同市大宮町)で開催中の特別展「岐阜城と織田信長」(岐阜新聞社、岐阜放送主催)に関連したシンポジウムが5日、同館で開かれた。滋賀県立大名誉教授で城郭研究者の中井均さんの講演のほか、市の担当者による発掘調査報告、パネルディスカッションなどがあり、聴講した市民らがかつての岐阜城の姿に思いをはせた。

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 中井さんは「日本城郭史のなかの岐阜城」と題して講演。信長は小牧山城、岐阜城、安土城と山城を居城としたが「当時の稲葉山には伊奈波神社の故地があったように、小牧山や安土の前身にも寺社があった。信長は古代から地域で信仰されていた聖なる山に目を付けて城を築いている」と解説した。その上で巨石を使った石垣や金箔(きんぱく)瓦、天主(天守)を築くなど「戦う城から見せる城に」役割を一変させる城郭革命を起こしたと指摘した。

 岐阜城では、近年の発掘調査で天主台とみられる石垣が出土しており「信長の岐阜城に天主があった可能性は高い。ただ、美濃を支配してすぐに築いたのではなく、安土の少し前の時期に造営されたとみられる」と持論を展開。「天主は武家政権の新たなシンボルであり、自身の支配の正当性を主張する目的があった」などと語った。

 シンポジウムでは、金華山の山麓居館や山上部の発掘調査成果が報告され、中井さんを交えてのパネルディスカッションもあった。

 同展では、岐阜城発掘調査の出土物など400点以上を展示している。13日まで(月曜休館)。

(田代理加)