漢方薬による高齢マウスの活動開始期の摂食促進と心身機能回復
2026年2月12日
岐阜大学
関西電力医学研究所
早朝食欲促進による高齢フレイル改善法を発見 ~漢方薬による高齢マウスの活動開始期の摂食促進と心身機能回復~
本研究のポイント
・漢方薬の人参養栄湯※1は、老齢マウスの食欲と心身機能を高め、虚弱性(フレイル)を改善することが分かりました。
・人参養栄湯は活動開始期の食欲を促進し、その結果、認知機能や抗ストレス機能、握力を向上させることが分かりました。
・人参養栄湯の主成分である陳皮やヘスペリジン(みかんの主成分)も同様の摂食促進作用を示しました。
・人参養栄湯を医薬品として、陳皮・ヘスペリジンを食品・サプリメントとして摂取することで、早朝の食欲と朝食摂取を促進し、高齢者のフレイルを軽減することが期待できます。
研究概要
岐阜大学大学院医学系研究科 糖尿病・内分泌代謝内科学 招へい教授/関西電力医学研究所 統合生理学研究センター長の矢田俊彦らの研究グループは、マウス実験により高齢者の食欲不振とフレイルの改善につながる方法を発見しました。
高齢者が身体的、精神的、社会的に能力を失っていく「フレイル」は、現代の高齢化社会において深刻な課題です。フレイルと老化に対する対策は強く求められているものの、現時点では確立されていません。フレイルを有する高齢者は、しばしば食欲減退と栄養不足が見られるため、摂食行動への効果的な介入が必要です。本研究は、漢方薬で知られる「人参養栄湯」が、投与タイミングにかかわらず、活動開始期の摂食を促進し、その結果、高齢マウスの不安様行動が低下し、記憶力、握力を向上させることを明らかにしました。これにより、「活動開始期の摂食によるフレイル改善」という概念を確立しました。
本研究の新規性は、「いつ食事をするか」が精神的・身体的活動にとって重要であり、その決定的なタイミングが活動開始期であることを示したことです。本研究は、高齢者の早朝の食欲を促進し朝食を充実させることで、フレイルを治療する新たな方法を提案します。
本研究成果は、現地時間2026年1月27日にThe Journal of Physiological Science誌のオンライン版で発表されました。
研究背景
近年、日本をはじめ多くの先進国では高齢化が急速に進行しており、高齢者人口の増加に伴ってフレイルへの関心が高まっています。加齢やフレイルへの対応策は急務ですが、依然として十分な方法は確立されていません。
研究成果
生体の機能は24時間の中で変動しており(概日リズム)※2、摂食行動はその典型例です。高齢者とフレイルを持つ方はしばしば概日リズム障害を伴うこと、さらに食欲不振を示すことが知られています。従って、摂食の概日リズムは、フレイルの治療標的となる可能性があります。
一方、漢方薬の人参養栄湯(NYT)は、認知症高齢者の食欲不振・疲労感・筋萎縮を改善し、記憶機能を維持すること、また、マウスモデルにおいて食欲不振・筋萎縮を改善することが報告されています。そこで、本研究では、NYTが摂食の概日リズムを変化させ、それによってフレイルを改善するかどうかをマウス実験で検証しました。
結果、NYTは投与タイミングに関わらず、高齢および若齢マウスは、18:00~20:00時(夜行性動物のマウスの活動開始期)において摂食量を増加させました(摂食概日リズム促進)(図1)。また、NYTを3日間投与したところ、高齢マウスで低下していた抗不安行動、記憶力、握力が回復し、これらの効果は、18:00~20:00時に餌を与えない、または対照群とペアー給餌することで消失しました(図2)。一連の結果は、NYTによる活動開始期の摂食促進が高齢マウスの身体・精神機能を回復させ、フレイルに対抗することを示しています。
図1. 高齢マウスへ人参養栄湯(NYT)を12:00時に投与すると、18-20時選択的に摂食量を増加し(a)、 1日摂食量に影響しない(b) 【活動開始期食欲/摂食促進】。
図2. 人参養栄湯(NYT)の3日間投与は、高齢マウスで低下した抗不安行動(a,d) 、記憶行動(b,e) 、握力(c,f)を回復する。それらの効果は3日間の18-20 時の餌を除く(FD; a-c) 、または、18-20 時の摂餌量を対照群と合わせたペアー摂食(PF, d-f)により遮断される。
機序としては、NYTが活動開始期に、食欲促進ホルモンのグレリン※3を増加、食欲抑制ホルモン・脳物質のGLP-1※4・CRHを減少させ(図3)、摂食概日リズム促進に関与していると考えられます。さらに、NYTの構成生薬でみかんの主成分である陳皮とヘスペリジンは摂食概日リズムを促進し、陳皮を欠くNYTには効果がない(図4)ことから、これらの物質は摂食概日リズムを促進するNYTの有効な成分であると考えられます。
図3. NYT を12:00時に投与すると、20時の血中グレリンは上昇し(a)、GLP-1は低下する(b)。
図4. 高齢マウスへの (a)陳皮抜きNYT投与は効果がなく、 (b)陳皮および(c)ヘスペリジン投与は18-20 時選択的に摂食促進を起す。
本研究は、漢方薬の人参養栄湯が、投与タイミングにかかわらず、活動開始期(マウスでは夕方、ヒトでは早朝)選択的に摂食を促進し、その結果、高齢マウスの不安様行動が低下し、記憶力、握力を向上させることを明らかにしました。これにより、「活動開始期の摂食によるフレイル改善」という概念が確立されました(図5)。
本研究の重要な新規性は、いつ食事をするかが精神的・身体的活動にとって重要であり、その決定的なタイミングが活動開始期であることを示したことです。本研究は、高齢者の早朝の食欲を促進し朝食を充実させることでフレイルを治療する新たな方法を提案します。
図5. 人参養栄湯(NYT)による高齢マウスの活動開始期の食欲/摂食促進と精神的・身体的機能向上:フレイル改善。
今後の展開
人参養栄湯を医薬品として、陳皮、ヘスペリジンを食品・サプリメントとして摂取することで、早朝の食欲と朝食摂取を促進し、高齢者の虚弱性の軽減が期待できます。今後ヒトでの臨床研究を実施し、効果を検証します。
研究成果を基に、フレイルの予防・改善につながる食品の開発や、宅配などの提供形態の考案・実用化を目指します。同時に、摂食概日リズム促進の更なる機序の解明を通して、「食リズム→抗加齢・フレイル」の概念の確立を目指します。
用語解説
※1 人参養栄湯
人参養栄湯は、漢方薬の一つで、人参や陳皮など12種の生薬から構成されており、疲労倦怠、食欲不振、手足の冷えなどに効果があります。
※2 概日リズム
概日リズム(サーカディアンリズム)とは、1日24時間の中で生体機能がリズミカルに変動することで、血圧、体温、睡眠、摂食行動などはその典型例です。概日リズムを持って変動することが健康の維持に重要です。うつ病や肥満など多くの疾患、また加齢で概日リズムの障害が観察されます。
※3 グレリン
空腹時に胃から分泌され、食欲を作るホルモン。脳の摂食中枢に作用する。
※4 Glucagon-like peptide 1 (GLP-1)
食後に腸から分泌され、インスリン分泌を促進し満腹感を作るホルモン。GLP-1受容体作動薬は糖尿病治療薬として開発され、最近肥満の治療薬としても使用され、優れた効果を発揮し注目されている。
論文情報
雑誌名:The Journal of Physiological Science
論文タイトル:Circadian feeding promotion by Ninjin’yoeito counteracts frailty in aged mice
著者:Lei Wang, Yermek Rakhat, Masanori Nakata, Katsuya Dezaki, Hitoshi Kuwata, Boyang Zhang, Wanxin Han, Seiya Bann, Chikara Abe, Noboru Ogiso, Takashi Sakurai, Shin Tsunekawa, Daisuke Yabe, Yusaku Iwasaki, Yutaka Seino, and Toshihiko Yada
DOI: 10.1016/j.jphyss.2026.100062











