-臨床実装に向けた基盤を構築-

2026年2月13日
新潟大学

 新潟大学脳研究所遺伝子機能解析学分野の春日健作助教(研究当時、現・国立長寿医療研究センター 研究所 診断イノベーション研究部長)、菊地 正隆 特任准教授、池内 健 教授らの研究グループは、富士レビオ株式会社、多施設共同研究J-ADNI注1、国立精神・神経医療研究センター神経研究所、東京大学との共同研究を実施し、アルツハイマー病(AD)に対する血液バイオマーカー注2“p-tau217”(血漿注3中217位リン酸化タウ蛋白注4)が、脳内アミロイドβ(Aβ)蓄積を高精度に検出し、AD発症予測に有用であることを明らかにしました。従来、脳内病理の検出には脳脊髄液やPET検査が行われていましたが、血液バイオマーカーは低侵襲性、簡便性、コスト、アクセスの面での従来の検査に比して優位性があります。今回の研究成果により血漿“p-tau217”の臨床実装が期待されるとともに、認知症の早期診断や治療法の選択が可能な次世代診断薬の創出につながる成果と考えられます。

 

【本研究成果のポイント】

・J-ADNIの臨床検体を用い、血漿p-tau217とアミロイドβ 42を定量しました。

・血漿中p-tau217およびp-tau217/Aβ42は高精度に脳内アミロイド病理を検出しました。

・血漿中p-tau217およびp-tau217/Aβ42が高値を示す方は、AD発症リスクが有意に高まることが明らかになりま  した。

・Body Mass Index, 腎機能に加え、HDLコレステロール値が血漿中p-tau217の測定値に影響を及ぼすことを明らかにしました。

・本研究成果により、血漿“p-tau217”の臨床実装に向けて前進し、認知症の早期診断や治療法の選択が可能な次世代診断薬の創出につながるものと期待されます。

 

 

Ⅰ.研究の背景

 ADは記銘力低下を中核に様々な認知機能障害が緩徐に進行する疾患です。ADを臨床症状のみから診断するのは容易ではなく、多くの方が正確な診断に至っていない可能性があります。早期ADに対する分子標的治療である抗Aβ抗体薬が2023年から臨床実装され、AD治療は新たな局面を迎えています。抗Aβ抗体薬を使用する前には、脳内Aβ病理を確認する必要があり、そのための検査として脳脊髄液検査もしくはアミロイドPET検査が保険診療により実施されています。血液バイオマーカー検査は低侵襲性、簡便性、コスト、アクセスの面で従来の検査と比較して優位性があり、その臨床応用が期待されています。血液中の微量な分子を測定する高感度イムノアッセイ法が開発され、血漿“p-tau217”が有力な血液バイオマーカーとして注目されています。血漿“p-tau217”の日本人における診断性能に関するデータは限定的であり、今回の研究では日本人を対象とした多施設共同研究 J-ADNI臨床検体を用いて“p-tau217”の臨床有用性を検討しました。

 

Ⅱ.研究の概要・成果

 認知機能正常の方、軽度認知障害(MCI)、軽度ADからなる172人の方の血漿検体を用いてp-tau217をルミパルス免疫測定法とSimoa HD-Xを用いて測定しました。また、血液中のAβ42の測定を行い、p-tau217/Aβ42比を算出しました。

 

 

  その結果、脳内アミロイドを検出する精度は血漿p-tau217、p-tau217/Aβ42とも非常に高い値を示しました(図1)。血漿中p-tau217が高値を示すMCI群では、低値群と比較して約10倍頻度が高くADに移行しました(図2)。遺伝学的な指標である多遺伝子スコア(ポリジェニックリスク)注5は有意に血漿p-tau217と相関しました。血漿中p-tau217測定値に影響を及ぼしうる交絡因子として、BMI注6、腎機能、HDLコレステロール値が同定されました。 

 以上のことから、血液バイオマーカーp-tau217は脳アミロイド蓄積を高精度に検出する診断能を有し、AD発症の予後予測マーカーとして有用であることが示されました。

 

 

Ⅳ.今後の展開

 今回の成果は多施設共同研究コホートで示された成果であり、今後は実臨床で収集された臨床検体を用いて血漿“p-tau217”の臨床的有用性を示す必要があります。また、血漿“p-tau217”を導入することにより、ADの診断プロセスがどのように効率化できるか、また医療経済的な面からの利点についても明らかになることが期待されます。

 

Ⅴ.研究成果の公表

 本研究成果は、2026年2月9日に、医学誌「Journal of Prevention of Alzheimer's Disease」にオンライン掲載されました。

【論文タイトル】Evaluation of plasma p-tau217 biomarkers in detecting amyloid pathology and predicting cognitive outcome: Observations from Japanese Alzheimer's Neuroimaging Initiative cohort

【著者】Kensaku Kasuga, Masataka Kikuchi, Emiko Kikkawa-Saito, Tamao Tsukie, Takanobu Ishiguro, Akinori Miyashita, the Japanese Alzheimer's Disease Neuroimaging Initiative, Takeshi Iwatsubo, Takeshi Ikeuchi

【Doi】10.1016/j.tjpad.2026.100502

 

Ⅵ.謝辞 

 本研究は日本医療研究開発機構(AMED)認知症研究開発事業 JP25dk0207066, JP25dk0207070、科学研究費助成金、厚生労働科学研究費認知症対策研究事業 JPMH24GB1001の助成金を受けて実施されました。

 

【用語解説】

注1)J-ADNI: Japanese Alzheimer's Disease Neuroimaging Initiativeの略。認知機能正常者、軽度認知障害、早期ADを対象とした観察研究。臨床的評価、認知機能検査、脳画像、バイオマーカーなどのデータが縦断的に取得された。

 

注2)バイオマーカー:脳内病変や病態を反映する生物学的変化を客観的,定量的に把握するために生物学的な情報を数値化した指標を指す。

 

注3)血漿:抗凝固剤を加えて遠心分離することで得られる血液成分。血液の約55%を占める液体成分で、主に水とタンパク質で構成される。

 

注4)リン酸化タウ:AD脳に蓄積する原因タンパク。タウタンパクが凝集しリン酸化されることで、AD脳に特徴的な神経原線維変化が形成される。

 

注5)多遺伝子スコア(polygenic risk score: PRS): PRSは多数の遺伝的バリアントからなるリスク効果を累積したスコアとして計算され、個人の遺伝的リスクを数値化して表される指標のこと。

 

注6)Body Mass Index (BMI):体重と身長から算出される肥満度を表す体格指数のこと。数値が高いほど、肥満度が増す。