視床下部から大腸へ至る経路がストレス性の排便を起こすことを発見

2026年4月2日
岐阜大学

ストレスで排便が起こる脳回路を解明  視床下部から大腸へ至る経路がストレス性の排便を起こすことを発見

 

 

本研究のポイント

・急性の心理的ストレスで排便が起こる際に働く、脳から大腸への神経経路を明らかにしました。

・ラットを使用した実験によって、視床下部―延髄縫線核―脊髄排便中枢―骨盤神経という経路が活性化すると、大腸運動を高めることが分かりました。

・この経路を抑制すると、心理的ストレスによって誘発される排便が減少しました。

・過敏性腸症候群(IBS)などのストレス性排便異常や脳腸相関の理解につながる成果です。

 

 

研究概要

 岐阜大学大学院共同獣医学研究科の志水 泰武 教授、湯木 夏扶 大学院生(日本学術振興会特別研究員 DC1)らの研究グループは、心理的ストレスによって排便が促進される仕組みについて、ストレス中枢から大腸を結ぶ神経伝達路が重要な役割を果たすことを発見しました。
 これまで、ストレスが排便異常を引き起こすことは知られていましたが、脳のストレス信号がどの経路を通って大腸に伝わるのかは十分に分かっていませんでした。本研究では、ラットを使った実験によって、ストレス中枢として知られる視床下部室傍核(PVH)や視床下部背内側核(DMH)※1 と呼ばれる脳領域から、脳の排便制御領域である延髄縫線核 ※2 へストレス信号を伝達する神経経路を発見しました。遺伝子技術を使ってこの経路を抑制すると、心理的ストレスによって生じる排便が減弱しました。さらに、この経路の活性化は、脊髄の連絡を介して脊髄排便中枢 ※3 へと伝わり、骨盤神経 ※4 を活性化させることで排便を起こしていることが明らかになりました。本研究成果は、過敏性腸症候群(IBS)※5 などのストレス性排便異常の病態解明や脳腸相関 ※6 の理解につながることが期待されます。
 本研究成果は、現地時間2026年4月1日に、Communications Biology誌のオンライン版で発表されました。

 

 

研究背景

 ストレスによって腹痛や下痢、便秘といった症状が生じたり、悪化したりすることはよく知られています。しかし、脳で生じたストレス情報が、どのような神経経路を通って大腸に伝わり、排便を変化させるのかは十分に分かっていませんでした。本研究では、ラットにおいて心理的ストレスによって起こる排便反応に着目し、その神経回路を明らかにすることを目指しました。

 

 

研究成果

 本研究では、ラットを水に囲まれた空間に置くことで心理的ストレスを与える「水回避ストレス」と呼ばれるストレス手法を用いて、既知の排便中枢である延髄縫線核へストレス信号を入力する神経経路を探索しました。その結果、視床下部の室傍核(PVH)や背内側視床下部(DMH)と呼ばれる領域から延髄縫線核へ至る神経経路があり、心理ストレスを受けた際に活性化することを明らかにしました。

 また、麻酔下のラットを用いて大腸運動を測定しながら、これらの視床下部領域を活性化させると、大腸運動の亢進が生じました。このことから、PVHやDMHに大腸運動を制御する神経が存在することを明らかにしました(図1)。

 

図1 視床下部におけるグルタミン受容体の活性化は大腸運動を亢進する

 

A:麻酔下のラットを用いて大腸運動を測定する実験。遠位結腸および肛門からカニューレを挿入し、生理食塩水で大腸内腔を満たした。大腸内腔圧と送液量を測定した。B:視床下部に対して (S )-AMPA 注入する実験。C:注入位置は蛍光の粒子(FluoSpheres)により確認された。D:視床下部に(S )-AMPAを注入すると、大腸内腔圧が変動し、内腔を満たす液が

送り出される様子が観察された。同時に、動脈圧および心拍数が増加した。E:視床下部の冠状断面図。(S)-AMPA 注入に対する大腸運動応答の強さを赤色の濃淡で示す。丸印は注入部位を示し、隣接する数字は送液を伴う収縮の回数を示す。DMH:視床下部背内側核、3V:第三脳室、PVH:視床下部室傍核、VMH:視床下部腹内側核、DA:視床下部背側野。

 

 そこで、この大腸運動が亢進する応答を起こす経路を確かめるために、脊髄でのセロトニン※7 受容体を遮断する実験や骨盤神経を切断する実験を行ったところ、これらの処置が応答を生じなくさせることを明らかにしました。加えて、延髄縫線核でオキシトシン ※8 受容体を遮断すると反応が有意に抑えられ、視床下部由来のオキシトシンによる入力が関与していることが示されました。

 さらに、化学遺伝学の技術 ※9 を用いて、PVHやDMHから延髄縫線核へ至る神経経路を選択的に抑制すると、水回避ストレスによって生じる排便が減少しました(図2)。

 

図2 視床下部→縫線核経路の活性化は、心理的ストレスによる排便を引き起こす 

 

A:視床下部から延髄縫線核に投射する神経経路に人工の受容体(mH4Di)を発現させることで神経を抑制する実験。

受容体に作用する試薬(CNO)をあらかじめ投与することで、心理的ストレス(水回避ストレス)による排便が変化するかどうかを検証した。B:対照ラットの排便は変化しなかった。C:神経を抑制したラットでは、排便が抑制された。

 

 これらの結果から、心理的ストレスによる排便には、視床下部―延髄縫線核―脊髄排便中枢―骨盤神経からなる神経経路の活性化が重要であることが明らかになりました。

 

 

今後の展開

 本研究の成果は、一過性の心理的ストレスによって排便が促進される神経回路を示したことです。今後は、慢性的な心理的ストレスによってこの神経経路にどのような変化が生じるのか、また、その変化が持続的な排便異常にどのように関与するのかを明らかにする必要があります。

 将来的には、過敏性腸症候群(IBS)など、ストレスに関連する排便異常の病態理解や、新たな治療標的の探索につながることが期待されます。

 

 

研究者コメント

 今回明らかにした神経経路の特定はラットを用いた実験の結果であり、ヒトの身体において同様の神経経路が働いているかどうかは、今後更なる研究の積み重ねが必要です。しかし、まだまだ未解明な部分の多いIBSなどの病態を明らかにするためには、まずは基礎研究によって排便を制御する仕組みを解明することが不可欠です。私たちは、基礎研究の知見を少しずつ積み重ねていくことで、患者のQOLを著しく低下させる排便異常に立ち向かうための基盤を構築していきたいと考えています。

 

 

用語解説

1 視床下部室傍核(PVH)、視床下部背内側核(DMH
いずれも視床下部に存在する神経核で、自律神経、内分泌、摂食、体温、ストレス応答など、生体の恒常性維持に重要な役割を担います。PVHは内分泌系や自律神経系の調節中枢として広く知られ、DMHはストレス反応、体温調節、循環応答などに関与する領域です。

2 延髄縫線核
脳幹の延髄正中部に位置する神経核群です。自律神経機能、痛覚、体温、運動、内臓機能などの調節に関わり、セロトニンを放出する神経細胞を多く含むことが知られています。

3 脊髄排便中枢
排便に関わる脊髄内の神経回路を指します。骨盤内臓器からの感覚情報を受け取り、結腸や直腸の運動、肛門括約筋の調節などを通じて排便反応の成立に関与します。本研究では、排便を制御する腰仙髄の中枢性回路を示す用語として用いています。

4 骨盤神経
骨盤内の臓器を支配する末梢神経の一つで、主に腰仙髄由来の副交感神経線維を含みます。大腸、直腸、膀胱などに分布し、排便や排尿に関わる内臓機能の調節に重要な役割を果たします。

5 過敏性腸症候群(IBS
腹痛や腹部不快感に加えて、便秘や下痢などの便通異常が続く機能性消化管疾患です。内視鏡検査などで明らかな器質的異常が見つからないにもかかわらず症状が生じる点が特徴で、ストレスとの関連も深いことが知られています。

6 脳腸相関
脳と消化管が、自律神経、内分泌、免疫などを介して双方向に影響し合う仕組みです。ストレスや情動が消化管機能に影響する一方、腸の状態も脳機能や気分に影響を与えることが知られています。

7 セロトニン
神経伝達物質の一つで、脳内では気分、不安、睡眠、痛覚などに関与し、消化管では運動や分泌、知覚の調節に重要な役割を担います。脳と腸の双方で機能することから、脳腸相関を考えるうえでも重要な分子です。

8 オキシトシン
視床下部で産生されるペプチド性の神経伝達物質・ホルモンです。分娩や授乳に関わることでよく知られていますが、近年ではストレス応答、情動、社会行動、自律神経調節などへの関与も注目されています。

9 化学遺伝学の技術
特定の神経細胞に人工的な受容体を発現させ、その受容体を作動薬で選択的に活性化または抑制する技術です。特定の神経回路がどの生理機能や行動に関わるかを調べるために広く用いられています。

 

 

論文情報

雑誌名:Communications Biology

論文タイトル:Involvement of the hypothalamus–raphe magnus–spinal defecation center axis in stress-induced defecation in rats

著者:Natsufu Yuki, Tomoya Sawamura, Ayuna Mori, Hiroshi Yamaguchi, Yuuki Horii, Takahiko Shiina, Yasutake Shimizu

DOI:10.1038/s42003-026-09779-5