土壌pHが農業害虫カメムシと腸内細菌の共生を制御
ポイント
・ コメ害虫である斑点米カメムシは、土壌から共生細菌を獲得できないと成長や繁殖が著しく抑制されることを解明
・ 斑点米カメムシは、弱酸性の土壌からは共生細菌を獲得できるが、中性以上のpHの土壌からは獲得できないことを発見
・ 土壌pHの調整が低農薬で持続的な害虫防除につながる可能性
概 要
国立研究開発法人産業技術総合研究所(以下「産総研」という)バイオものづくり研究センター 伊藤 英臣 主任研究員、菊池 義智 研究チーム長、国立大学法人琉球大学農学部亜熱帯農林環境科学科 下地 博之 准教授、国立大学法人電気通信大学大学院情報理工学研究科基盤理工学専攻 中根 大介 准教授は共同で、土壌のpHが害虫と土壌細菌の共生関係を制御する重要な要因であることを解明しました。
水田のコメ生産において斑点米カメムシは、品質や収量の低下を引き起こす農業害虫として知られており、その防除において化学農薬が広く用いられています。しかし、化学農薬は環境負荷や害虫の薬剤抵抗性の問題から、化学農薬だけに頼らない防除が求められています。多くの害虫は成長や繁殖に必要な共生細菌を保有していますが、近年、一部のカメムシでは土壌から共生細菌を獲得することが報告されています。そこで、本研究では斑点米カメムシの中で土壌から共生細菌を獲得する系統に着目し、その獲得条件を明らかにすることを目的としました。
今回、室内実験および野外調査を通じて、斑点米カメムシの成長や繁殖に必要な共生細菌であるバークホルデリアの獲得経路、またその獲得率と土壌pHとの関係を調べました。その結果、中性以上のpHの土壌では、斑点米カメムシによるバークホルデリアの獲得が抑制され、成長や繁殖力が著しく低下することがわかりました。弱酸性土壌のpHを人為的に中性以上へ改変しても同様の効果が生じることから、土壌pHが斑点米カメムシと土壌細菌との共生関係の成立を左右する重要な環境因子であることが明らかになりました。
本研究成果は、これまで十分に結び付けて考えられてこなかった「土壌環境」と「害虫の生態」との関係を、共生細菌を介した仕組みとして示すとともに、「土壌管理」という害虫防除の新たな視点を提示するものです。石灰資材などを用いた土壌pHの調整を通じて、化学農薬に過度に依存しない環境調和型の害虫管理につながる可能性を示した、基礎研究と農業応用を橋渡しする重要な成果です。
なお、本研究成果の詳細は2026年5月7日に「Microbiome」にオンライン掲載されます。
下線部は【用語解説】参照
※本プレスリリースでは、化学式や単位記号の上付き・下付き文字を、通常の文字と同じ大きさで表記しております。
正式な表記でご覧になりたい方は、産総研WEBページ
( https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2026/pr20260507/pr20260507.html )をご覧ください。
開発の社会的背景
農業害虫による被害は世界各地で問題となっており、その防除のために多くの化学農薬が使用されています。しかし、化学農薬への過度な依存は、環境負荷の増大や害虫の薬剤抵抗性の発達といった課題を引き起こすことが知られています。そのため、化学農薬だけに頼らない新しい害虫管理の考え方や技術の開発が求められています。日本においても農作物保護のために多くの化学農薬が使用されており、耕地単位面積あたりの使用量で見ると世界的にも高い水準にあります。とくに、水田のコメ生産では多様な病害虫の防除が行われていますが、その中でも、斑点米カメムシは他の水稲病害虫と比較しても防除面積が広く、主要な防除対象の一つとされています。また、吸汁によって米粒に斑点を生じさせ、少数の被害でも米の等級低下や価格低下を招く重要害虫です。
研究の経緯
共生細菌とは生物の体腔や体表に生息し、栄養の供給や消化の補助などを通して宿主の成長や繁殖に寄与する細菌です。昆虫の多くは共生細菌を保有しており、それらは主に母から子へと直接伝達されます。一方で、カメムシの一部には、幼虫期に土壌中からバークホルデリアと呼ばれる共生細菌を獲得するという特異な共生様式が知られています。しかし、そもそもどのような土壌条件で共生細菌を獲得できるのか、あるいは獲得できないのかについては未解明でした。今回、コメを食害する斑点米カメムシを対象として、土壌に着目することで、斑点米カメムシとバークホルデリアとの共生関係の成立を規定する要因の解明に取り組みました。
なお、本研究はキヤノン財団「産業基盤の創生」およびJSPS科研費(課題番号19K15724、21H02092、22H05065、 22H05068、24K01901)による支援を受けています。
研究の内容
斑点米カメムシであるホソハリカメムシ、クモヘリカメムシ、ヒゲナガカメムシ(図1A)、ハリカメムシを含む4科5属6種類のカメムシについて、腸内細菌の多様性や獲得経路を調べました(図1B-E)。その結果、野生個体の腸内にはバークホルデリアと呼ばれる細菌が極端に優占していることがわかりました(図1B)。一方で、野生個体が産んだ卵や孵化幼虫にはバークホルデリアは確認されず(図1C)、土壌(pH5.6)を与えて飼育しない限り、この細菌を獲得できないことが明らかとなりました(図1D)。また、バークホルデリアを獲得できない場合には生残率が低下する傾向がみられ、種によっては全く成虫になれないケースも観察されました(図1E)。
さらに、ホソハリカメムシとハリカメムシについて詳細に解析したところ、バークホルデリアを獲得せずに成虫になった場合でも、体サイズが小型化し、飛翔に重要な前翅も短くなることがわかりました(図2A)。加えて、卵巣や精巣といった生殖器官も小さくなり(図2B)、交尾率、産卵数、孵化率が大きく低下することが確認されました(図2C-E)。これらの結果から、土壌からバークホルデリアを獲得できるかどうかが、カメムシの成長や繁殖に極めて重要であることが明らかとなりました。
ホソハリカメムシはどのような土壌で、この重要なバークホルデリアを獲得できる、または獲得できないのでしょうか?このことを明らかにするため、全国の農耕地や雑草地から土壌を収集し、土壌の微生物叢や理化学性を分析するとともに、ホソハリカメムシの飼育実験を行いました。その結果、pH7未満の弱酸性土壌ではバークホルデリアを獲得できる一方で、pH7以上の土壌からはほとんど獲得できないことがわかりました(図3A)。また、ホソハリカメムシはイネ科雑草地に生息することが知られており、そのような環境を調査したところ、土壌pHが7未満の場所において、ホソハリカメムシの密度が突出して高い地点が確認されました(図3B)。
次に、農業現場で広く用いられている土壌pH調整剤の炭酸カルシウム(CaCO3)を用いて、ホソハリカメムシがバークホルデリアを獲得しやすい弱酸性土壌のpHを中性以上に改変する実験を行いました(図4AB)。その結果、pHを中性以上に改変して120日を過ぎた頃から土壌中のバークホルデリア量が減少しました。また、pH改変後速やかに獲得率が低下し、この効果は360日間にわたって持続することが確認されました(図4C)。これにより、土壌pHの調整によってカメムシと土壌細菌の共生成立を阻害できることが示されました。
一方で、この結果には予想外の点もありました。土壌pHを改変すると、速やかに獲得率が低下しましたが、土壌中のバークホルデリア量はすぐに減少してはいませんでした(図4B)。土壌には十分な量のバークホルデリアが存在しているのにもかかわらず、カメムシが獲得できない状況は、なぜすぐに起きたのでしょうか?
これまでに私たちは、ホソハリカメムシと同様に土壌からバークホルデリアを獲得するダイズ害虫のホソヘリカメムシの消化管内において、バークホルデリアがべん毛を使って狭窄部を通過して共生器官(図5A)に到達することを明らかにしていました(2015年9月1日産総研プレス発表)。この狭窄部はホソハリカメムシにおいても観察されました(図5A)。また、細菌のべん毛運動はプロトン濃度勾配で駆動されるため、pHの影響を受けることが知られています。これらの知見を基に、各pH条件下でのバークホルデリアの運動性を評価しました。その結果、pH7以上では運動量が低下し(図5B)、共生器官まで到達できなくなることがわかりました(図5C)。これが、土壌にバークホルデリアがいても獲得できなくなる、土壌pH改変の即効性のメカニズムと考えました。
以上の研究によって、農業害虫であるホソハリカメムシをはじめとする一部のカメムシは、その成長や繁殖力の点で土壌由来の腸内細菌に強く依存していること、さらにその共生関係の成立が土壌pHによって大きく影響を受けることを明らかにしました。これらの知見は、これまで十分に結び付けて議論されてこなかった「土」と「虫」の関係を具体的なメカニズムとして示した点で重要です。また、土壌が植物や微生物のみならず、腸内細菌共生を介して昆虫の生態にも関わりうることを示し、生態系における土壌の役割に関する理解を拡張するものです。従来の害虫防除が主に化学農薬による直接的な制御に依存してきたのに対し、本研究成果は、土壌pHの制御によって害虫の腸内細菌共生を撹乱するという、新しい害虫管理のコンセプトにつながる重要な知見です。
また、土壌pHは石灰資材の施用など、汎用的な調整方法がすでに確立されているため、既存の土壌管理の中でそのまま活用できることも大きな利点です。土壌環境を介して害虫の共生関係に働きかける本アプローチは、化学農薬使用量を低減し、環境負荷の低い持続可能な害虫管理技術としての発展が期待されます。
今後の予定
今後は、土壌pHの調整が害虫の個体群サイズへ及ぼす影響について詳細に検討する予定です。また、他の害虫や益虫への影響評価や、昆虫にとって間接的に重要と考えられる植物の代謝産物への影響解析も進めます。さらに、石灰資材等の土壌pH調整資材の散布方法の最適化を図るとともに、実際の圃場におけるフィールド試験を通じて、本手法の有効性と実用性の検証を進めます。
論文情報
掲載誌:Microbiome
論文タイトル:Soil pH as an external filter shaping stink bug–Burkholderia gut symbiosis
著者:Hideomi Itoh, Hiroyuki Shimoji, Daisuke Nakane, Seonghan Jang, Yoshitomo Kikuchi
DOI:10.1186/s40168-026-02402-z
用語解説
斑点米カメムシ
イネの穂を吸汁して加害するカメムシの総称。ホソハリカメムシやクモヘリカメムシは、その中でも代表的な大型種である。吸汁により、黒いシミ状の斑点を持つコメ(斑点米)や不稔米を生じさせ、コメの品質や収量の低下を引き起こす。イネ科雑草地を主な繁殖場所とするため、畦畔や農道など水田周辺の雑草管理に加え、発生時期に応じた化学農薬散布が現状の防除の中心である。
共生細菌
動植物など他の生物の体腔や体表面に生息する細菌のこと。宿主の生理機能に影響を与え、成長や繁殖を助ける働きを持つものも多い。特に昆虫では、栄養の補完や有害成分の解毒など、宿主の生存に重要な役割を果たすことが知られている。
石灰資材
主に土壌の酸性を中和するために用いられるカルシウムを主成分とする農業資材。炭酸カルシウムや水酸化カルシウム(消石灰)など。
理化学性
物理的・化学的な性質の総称。土壌の理化学性は水分量や粒径分布、pH、陽イオン交換容量(CEC)、全窒素、全炭素、リン酸吸収係数などが含まれる。
炭酸カルシウム(CaCO3)
石灰岩の主成分。石灰岩を粉砕して製造される。カルシウム供給や土壌のpH調整のために農業資材として利用される。カキ殻やホタテ殻の主成分であり、これらを破砕した資材も流通している。
細菌のべん毛運動
細胞表面のべん毛を回転させて移動する能力。べん毛の回転は細胞膜を介した水素イオン(プロトン)の濃度勾配によって駆動され、推進力が生じる。なお、pHはプロトン活量の常用対数に−1を掛けた値(pH = −log aH+)であり、実質的には溶液中のプロトン濃度を反映する指標として扱われる。pHが低い(すなわち細胞外のプロトン活量が高い)弱酸性条件では、中性以上の条件と比較して細胞膜を介したプロトン駆動力が増大し、その結果として運動性が高くなることが知られている。一部の細菌ではNa+イオン濃度勾配によって駆動されるNa+動型べん毛運動系も存在する。
プレスリリースURL
https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2026/pr20260507/pr20260507.html















