AFM-IR測定の空間分解能を高めるナノワイヤプローブを開発

ポイント

・ ナノスケールの赤外分光測定を実現する新たな構造の近接場プローブを開発

・ 混合樹脂フィルムやナノ材料の測定により、「ナノスケールの空間分解能」と「従来プローブと同程度以上の検出感度」が両立することを確認

・ 機能性材料、半導体、ライフサイエンスなど幅広い分野でナノスケールの化学構造解析に活用できると期待

 

 

概 要 

国立研究開発法人産業技術総合研究所(以下「産総研」という)機能化学研究部門 藤田 康彦 主任研究員らと、国立大学法人北海道大学 電子科学研究所 雲林院 宏 教授らの研究グループは、AFM-IR(原子間力顕微鏡赤外分光法)の空間分解能と検出感度を世界最高レベルで両立させる新たな近接場プローブ「ナノワイヤプローブ」を開発しました。

 

材料やデバイスの性能を左右するナノスケールの化学構造を観察するための手法として、近年、原子間力顕微鏡(AFM)と赤外レーザーを組み合わせたAFM-IRが注目されています。しかし試料をスキャンする際に用いられる近接場プローブの針先の径によってAFM-IRの空間分解能が制限されていました。市販のAFM-IR用近接場プローブではその構造上、50 nm程度しか針先を細くすることができず、空間分解能が制限されるため、ナノ材料のより細かい部分を測定することができませんでした。

 

今回、AFM-IR用近接場プローブを根本的に改良し、化学合成された貴金属ナノワイヤを近接場プローブの針先に取り付けたナノワイヤプローブを開発しました。開発した近接場プローブを用いて特性の異なる複数の素材を測定したところ、DNA単一分子を分析可能な高い空間分解能(10 nm以下)と高い検出感度を両立するという世界最高レベルの性能が確認できました。本技術は、新たな顕微鏡技術として、機能性材料、半導体、ライフサイエンスなど、ナノスケールでの微細な構造解析が必要な幅広い分野で活用が期待されます。

 

なお、この研究成果の詳細は、2026年4月30日に「Proceedings of the National Academy of Sciences(PNAS)」にオンライン掲載されました。

 

下線部は【用語解説】参照

 

※本プレスリリースでは、化学式や単位記号の上付き・下付き文字を、通常の文字と同じ大きさで表記しております。

正式な表記でご覧になりたい方は、産総研WEBページ

https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2026/pr20260508/pr20260508.html )をご覧ください。

 

開発の社会的背景

近年、材料やデバイスの性能は、材料全体の平均的な構造だけではなく、局所的な化学構造によっても決まることが明らかになってきています。例えば、高分子複合材料の強度・耐久性・加工性は、構成成分のナノスケールでの分散状態や界面における分子レベルの構造に大きく影響されることが示唆されています。このため、より高性能な材料開発を迅速に進めるには、ナノスケールの化学構造を「見える化」する技術が不可欠です。

 

化学構造を調べる方法として広く利用されている赤外分光法(IR法)は、赤外吸収パターンから物質の組成や結晶性といった化学構造を詳細に解析することができ、世界中で標準的な分析手法として定着しています。しかし、既存のIR法の中でも空間分解能が高い顕微IRをもってしても、空間分解能が数マイクロメートル程度と不足しており、ナノスケールの構造解析はできません。

 

この課題を解決する技術として注目されているのがAFM-IRです。AFM-IRはAFMと赤外レーザーを組み合わせた新しい手法であり、従来法と比較して100倍以上の高い空間分解能を有し、高分子、半導体、生体材料など幅広い素材のブレイクスルー分析技術として活用が進みつつあります。しかし、その空間分解能は最先端材料の超微細構造を分析するには十分ではありませんでした。

 

研究の経緯

AFM-IRの空間分解能は、主に近接場プローブの針先の径によって決まります。市販のAFM-IR用近接場プローブは、厚さ数十ナノメートルの金属がカンチレバーに被覆された構造のため、空間分解能が制限されています。この構造のプローブの金属被覆を薄くすることで針先を細くすることは、近接場効果が小さくなることで感度の低下を招く恐れがあるほか、測定中に金属被覆膜が剥離してしまうために十分な性能が維持できないという問題があります。そのため、従来構造のプローブでは、空間分解能の高さと感度や安定性の維持を両立させることに限界がありました。

 

そこで今回、従来プローブに代わる素材として、化学合成された貴金属ナノワイヤに着目しました。このナノワイヤは細く硬いというだけでなく、ワイヤ長を制御することで中赤外光との強い相互作用による近接場効果の増強が期待できます。さらに、貴金属の一様構造であるため、金属被覆も不要で、被覆膜が剥離する問題も回避できると考えられます。

 

なお、本研究は日本学術振興会 科学研究費助成事業(JP23K19205)の支援を受けています。

 

研究の内容

まず、AFM-IRの原理について説明します(図1左)。AFM-IRでは、近接場プローブを試料表面に近接させ、赤外光照射に伴う試料の熱膨張や光誘起力の変化を針先で捉えることで、ナノスケールの赤外分光測定を実現します。

 

近接場プローブは、針先に近接場光を発生させ赤外吸収を増強することと、赤外吸収による試料の応答を検出する、という2つの重要な役割を果たします。一般的なプローブは、シリコン製カンチレバーに厚さ数十ナノメートルの金属膜(金、白金など)を真空蒸着することで作られますが、この物理加工に基づく製法では先端まで厚い金属膜が堆積して針先が太く、典型的には先端径 50 nm前後となるために、高い空間分解能が得られません。また、金属膜が生成する近接場効果により得られる検出感度にも限界がありました。

 

そこで本研究グループでは、プローブ構造を抜本的にみなおし、化学的に作製した銀ナノワイヤをカンチレバーの先端に固定化した「ナノワイヤプローブ」を開発しました(図1中央)。ナノワイヤの固定には独自開発の「ナノワイヤフィッシング法」を用いました。ナノワイヤ化により、市販の蒸着プローブよりも硬く、最小半径10 nmの細い針先が得られます(図1右上)。さらに、ナノワイヤの赤外アンテナ効果(例:ファブリーペロー共鳴)によりワイヤ端に強い近接場(増強電場)が発生します(図1右下)。これらの効果により、高い空間分解能と検出感度を両立できました。

 

 

以下では、図を用いながらナノワイヤプローブの性能を紹介します。今回の検証では、市販AFM-IR装置(Dimension IconIR, Bruker社)を使い、「ヘテロダイン検出モード」で測定を行いました。

 

図2上に、積層フィルムの接着層をナノワイヤプローブと市販プローブで観察した結果を示します。観察は接着層に特徴的な赤外吸収(1101 cm⁻¹)で行いました。どちらのプローブでも安定した測定が実現できますが、接着層の境界部分を見ると、ナノワイヤプローブ(左)では細かな凹凸までくっきり見える一方、市販プローブ(右)では輪郭がぼやけています。これは、ナノワイヤプローブの方が空間分解能は高く、より細かい構造を見分けられるためです。

 

次に、図2左下では、ポリスチレン(PS)と低密度ポリエチレン(LDPE)からなる相分離フィルムを測定した例を示します。PSは硬く、LDPEは柔らかいため、測定が難しい組み合わせですが、ナノワイヤプローブではどちらの相でも安定に測定ができました。AFM像からは、PSの海中にLDPEの島が分布する「海島構造」を構成していることが分かります。さらに拡大して、各成分に特徴的な波数(PS:1492 cm-1、LDPE:1465 cm-1)でIRイメージングを行うと、LDPEの中に約100 nmのPSドメインがあり、そのPSの内部には約15 nmの非常に小さなLDPEドメインが存在することが確認できました。これは、ナノワイヤプローブが柔らかい材料でも10 nmレベルの微細構造を捉えられることを示しています。

 

 

さらに、ナノ材料への応用例として、グラフェンとDNAの測定結果も示します。

 

図2中央下は、酸化グラフェンの端部周辺をIRイメージングしたものです。酸化グラフェンにはエポキシ基、水酸基、カルボニル基など、さまざまな官能基が修飾されており、その中からカルボニル基の吸収(1725 cm⁻¹)を観察しました。その結果、グラフェンの平面全体で信号が強く、特にエッジ部で大きく強まる様子が確認されました。この結果は、酸化グラフェン端部でカルボニル基の密度が高くなっていることを示しており、ナノワイヤAFM-IR法では表面官能基の密度ムラをナノスケールで解析できることを示しています。

 

図2右下は、単一の二本鎖DNA(dsDNA)をIRイメージングした結果です。1664 cm⁻¹(アミドI)でIRイメージングしたところ、dsDNAが明確に可視化されました。この結果は、ナノワイヤプローブが単一生体分子を捉える高い検出感度と、数ナノメートルの構造を識別できる高い空間分解能を備えていることを示しています。IRプロファイルの半値幅から、空間分解能は6 nm以下と求められ、ナノワイヤAFM-IRは世界最高レベルの性能を誇ることが実証されました。

 

今後の予定

ナノワイヤAFM-IR法は、10 nm未満のスケールで物質の化学構造を安定に可視化できる革新的な技術です。手法の汎用性は高く、高分子・半導体・生体材料など、さまざまな素材の微細構造解析に応用が可能です。産総研では、本技術を広く社会に届けるため、ナノワイヤプローブの量産技術の開発やその製品化・市場展開を進めるとともに、同手法を企業が取り組む難度の高い課題へ適用することで、日本の産業競争力の強化に貢献していきます。

 

論文情報

掲載誌:Proceedings of the National Academy of Sciences(PNAS)

タイトル:Nanowire-based AFM-IR microscopy: Unveiling chemical structure at sub-10 nm resolution with silver nanowire functionalized AFM probes

著者名:Yasuhiko Fujita, Mariko Takahashi, Farsai Taemaitree, Hiroshi Uji-i, Hirohmi Watanabe

DOI:10.1073/pnas.252812212

 

研究者情報

産総研

機能化学研究部門 藤田 康彦 研究グループ長、髙橋 万里子 テクニカルスタッフ

材料・化学領域連携推進室 渡邊 宏臣 室長

 

北海道大学

電子科学研究所 雲林院 宏 教授、テェーマイトリィ・ファーサイ 助教

 

用語解説

AFM(原子間力顕微鏡:Atomic Force Microscope

微細な探針を試料表面に近づけ、 原子間に働く微小な力(ファンデルワールス力、静電力、化学結合力など)を検出することで、ナノスケールの表面形状や物性を高精度に可視化する顕微鏡技術。真空や導電性を必要とせず、空気中や液中でも測定が可能であり、材料・化学・バイオなど幅広い分野に応用されている。

 

IR法(赤外分光法:Infrared Spectroscopy

分子に赤外光を照射し、その吸収スペクトルから分子振動に由来する情報を取得する分光技術。各種官能基や化学結合は特定の波⻑の赤外光を吸収するため、吸収スペクトルの解析により、物質の構造や組成、分子間相互作用の評価が可能となる。特に高分子材料、有機化合物、生体分子などの化学構造解析に広く応用されている。

 

AFM-IR(原子間力顕微鏡赤外分光法:Atomic Force Microscopy–based Infrared Spectroscopy

AFMと赤外レーザーを組み合わせることで、ナノスケールでの赤外吸収スペクトルを取得する近接場赤外分光技術。試料の赤外吸収による局所的な応答(熱膨張、光誘起力の変化など)をAFMプローブの振動として捉える。この微小なプローブ応答を計測することで、通常のIR法では不可能な高空間分解能(50〜100 nm)での化学構造解析が可能となる。特に高分子材料や複合材料のナノスケール評価において高い有用性を示す。近年は光誘起力検出やヘテロダイン検出などの高感度化技術も導入されている。

 

近接場プローブ

近接場プローブとは、 プローブ先端などのナノスケール構造に局在する近接場光(エバネッセント場)を利用して、通常の回折限界を超える空間分解能で分子の振動情報(ラマン散乱や赤外吸収)を取得する近接場分光法に用いられる微小探針である。 特に、 AFMやSTMなどの走査型プローブ顕微鏡と振動分光(赤外分光・ ラマン分光)を組み合わせたAFM-IRやTERS(チップ増強ラマン分光)において、近接場プローブは針下に存在する分子の信号を選択的に増強し、単一分子レベルでの材料評価を可能にする。

 

ナノワイヤフィッシング法

溶液中に分散した金属ナノワイヤを、AFMのプローブ先端に高精度で固定化するための技術。プローブ先端を電極として機能させ、誘電泳動を利用してナノワイヤを選択的に吸引・把持し、その場で針先に固定する。

 

ファブリーペロー共鳴(Fabry–Pérot Resonance

光がナノ構造内部で多重反射を繰り返し、特定波⻑で共鳴的に増幅される現象。銀や金などの高結晶ナノワイヤでは、赤外域でのファブリーペロー共鳴によってワイヤ先端に局所的な強い近接場光が生成される。

 

ヘテロダイン検出

既知の基準信号と測定信号を重ねて差を抽出することで、微弱信号を高感度に検出する手法。熱雑音や背景振動に埋もれた特定周波数成分の微弱信号のみを高感度に抽出でき、信号のS/N比(信号対雑音比)を大幅に改善することができる。 本研究では、 特に高空間分解能を要する近接場赤外分光において、熱膨張由来の広がった信号成分を除去し、真の近接場効果(光誘起力)に由来する信号のみを選択的に検出するために用いる。別名Tapping AFM-IRモード。

 

 

プレスリリースURL

https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2026/pr20260508/pr20260508.html