太平洋戦争終戦時の首相鈴木貫太郎(1868〜1948年)の故郷、千葉県野田市関宿町で、耐震不足などで休館が続く「鈴木貫太郎記念館」の再建に向けた動きが進められている。市は今年、最期の言葉とされる「永遠の平和」を理念とした基本計画を策定。数年後の完成を目指す。孫の道子さん(94)は「祖父の思いをつなぎ、一日も早い再建を」と訴える。

 貫太郎は関宿藩の飛び地だった現在の堺市で生まれ、幼少期を関宿や前橋市で過ごした。海軍大将などを経て、敗戦が色濃くなった45年4月、第42代首相に就任。2度の御前会議で天皇の「聖断」を仰ぎ、終戦への道筋をつくった。降伏に反対する陸軍の一部に東京の私邸を焼かれたため、戦後は関宿で余生を過ごしつつ枢密院議長として新憲法制定に関わった。

 記念館は親交のあった吉田茂元首相らが尽力し、63年に開館。貫太郎の私物の他、御前会議の様子を描いた油彩画など2千点以上の資料を収蔵している。

 ただ、2019年10月の台風19号で雨漏りし、耐震強度不足も判明したため、同月から一部を除いて休館していた。