和紙で栄えた豪商らが競ってあげたうだつが立ち並ぶ古い町並み。国の伝統的建造物群保存地区にも選定されている=美濃市泉町

 「美濃市といえば、やっぱり、うだつの上がる町並みと和紙ですか」。別の答えにも内心期待しつつ、複数の市民に尋ねると「そりゃ、その二つで決まりでしょう」と異口同音に返ってくる。市民にとってこの二つは誇りであり、よりどころなのだと再認識する。

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うだつの上がる町並み、出店相次ぐ

 うだつの町並みは国の伝統的建造物群保存地区に選定され、和紙で栄えた商人の町を今に伝える。美濃手すき和紙は1300年ともいわれる歴史がある。中でも製法や材料が厳格に指定されている「本美濃紙」の技術は2014年、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の無形文化遺産に登録された。

 いずれも伝統の重みが伝わってくるが、近年は新たな風も吹き込む。

 うだつの町並みのある市中心部では、都市部からU・Iターンした若者らによる出店が相次ぐ。市によると、17年以降で少なくとも16店が開店した。イタリア料理、日本茶、ホテル、カフェ、和紙...。週末を中心に、食べ歩きや散策を楽しむ若い男女の姿が目立つ。

 市の担当者は「人口は美濃インター周辺の方が多いが、あえてうだつの町並みに出店する人が多い。古い町並みが魅力なのだろう」とみる。今後も新規出店の動きは続きそうだ。

 中心部の北西、板取川の清流と山々に囲まれた牧谷地区は、美濃手すき和紙の主産地。一時は生活様式の変化や洋紙、機械すきの発展とともに需要が減り、担い手不足が深刻な状況に陥ったが、近年は若い世代の職人が増えた。

 美濃手すき和紙協同組合によると、1日時点の組合員の職人は38人。30~40代が17人で最も多く、50代5人、20代1人。大半が60~70代だった20年前から大きく様変わりした。新たな商品の開発や芸術作品を手掛けるなど、若い感性を生かした活動も生まれている。

 若返りが進んだ背景には後継者を育成する制度の充実がある。美濃和紙の里会館(蕨生)で1997年から続く「美濃・手すき和紙基礎スクール」は、約1カ月かけて地元の伝統工芸士にみっちり学べる。スクールを経て定着した職人も8人ほど。本美濃紙保存会の研修会も若手の研さんの場だ。

 市民には当たり前すぎて強く意識されていないのかもしれないが、豊かな自然も魅力の一つ。

 美濃和紙を育んだ板取川は、市内で長良川に合流する。片知川などの支流もあり、川は市民にとって身近な存在だ。長良川に16年に架けられ、市のシンボルとして親しまれるつり橋「美濃橋」(重要文化財)は修復が完了。架橋以前は渡船場「前野の渡し」として栄えた場所で、川湊灯台(港町)に当時の面影を残す。周辺で公園整備も進み、近くの小倉公園と合わせ散策スポットになりそうだ。

 散策や登山が楽しめる山も多い。北部に標高千メートル級の瓢ケ岳、今淵ケ岳、矢坪ケ岳。誕生山、天王山、古城山、鶴形山、松鞍山など300~500メートルほどの低山も点在し、住民による登山道の整備が進む山も。瓢ケ岳周辺はボルダリングの名所として人気という。

 市域の約8割を占める森林に関わる事業も多彩。開校20周年を迎えた県森林文化アカデミー(曽代)を中心に独自の活動を見せる。昨年7月に開所した森林総合教育施設「morinos(モリノス)」(同)には、市内外の園児や小中学生が森林学習で訪れる。

 伝統と新たな風の融合が楽しみなまちだ。