レジャー施設として人気を博したプール兼スケート施設=1990年撮影
水しぶきを上げてジャンプ滑り台を楽しむ子どもたち=1988年6月撮影
若者でにぎわうスケートリンク=1990年1月撮影

 岐阜市の長良川沿いにあったレジャー施設「長良川交通公園」。プールやスケートリンク、ボウリング場など時代の流行とともに形を変えながら、岐阜市のレジャー文化を支え、多くの市民に親しまれた。現在はゴルフ練習場のみが営業を続け、「コーエン(公園)ゴルフ」の施設名が名残を残している。

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 映画興行を手がける岐阜土地興業(岐阜市)が1959年、経営の多角化戦略の一環で、遊びながら交通ルールを学べる「長良川交通公園」を整備したのが始まり。ゴーカートで信号機のあるコースを走るテーマパークのような位置付けだったが、人気が下火になり、67年にプールに改修された。

 レジャープールが少なかった時代。東京都の遊園地「としまえん」を視察し、当時珍しかった「流れるプール」や「ジャンプ滑り台」をいち早く取り入れた。周辺に同様の施設がなく、夏場は開場前に行列ができるほどの人気ぶり。多いときは1日に1万人以上が訪れたという。土地興の磯谷貴彦取締役(67)は「岐阜、愛知県の近隣にとどまらず、遠方からも観光バスで大勢の利用客が来ていた」と振り返る。

 冬場のプールを有効活用しようと、スケートリンクの営業も始めた。現場は映画興行に関わってきた社員が大半で、試行錯誤しながらリンク作りに取り組んだ。ほかにもプールを使ったイルカショーなどお蔵入りしたアイデアも多く、磯谷氏は「先人たちのチャレンジ精神がなければ、ここまで人気は出なかった」と語る。

 72年には、ボウリングのブームを受け、ボウリング場「コーエンボウル」をオープンした。プールは老朽化などで90年に閉鎖したが、91年には跡地にゴルフ練習場を整備。ゴルフとボウリングの両輪で経営を続けてきた。

 2017年にはボウリング場も閉鎖し、現在は取り壊して更地に。隣地のゴルフ練習場のみが今も残って営業を続ける。磯谷氏は「当時利用した人たちからは今も懐かしむ声を聞く。長良川交通公園が流行の最先端のレジャー施設だったことは社員にとっても誇り」と話している。