14日は「忠臣蔵」で知られる、赤穂浪士の討ち入りの日。主君のあだ討ちを果たした吉良(きら)邸の位置などを江戸時代の絵図で読み解く企画展が、岐阜市宇佐の県図書館で開かれている。12月27日まで。
かんたん検索! 岐阜県・東海のイベント お出かけ情報総合サイト「ぎふっと!」忠臣蔵は、江戸時代に起きた赤穂事件をモデルにした忠義の物語。赤穂藩(現兵庫県)の藩主・浅野内匠頭長矩(たくみのかみながのり)が、江戸城の「松の廊下」で吉良上野介(こうずけのすけ)義央を刃傷。その罪で、浅野は切腹。敵を討とうと大石内蔵助ら浅野家の忠臣ら47人が元禄15年12月14日未明、吉良邸に討ち入り。吉良を斬首し、大石らも切腹して幕を閉じる。浅野家の取りつぶしによる赤穂城明け渡しの際には浅野のいとこ、大垣藩主・戸田氏定も説得に加わっている。
企画展では、江戸城の間取りや江戸城周辺の絵図といった同館所蔵の計5点を展示。吉良は刃傷を受けた後、江戸城近くから隅田川の東側、現在の両国に屋敷を移しており、その新旧の位置関係が分かる。
同館郷土・地図情報係の西村三紀郎さんは「吉良は大名の上屋敷が多い都心から町人が住み、田畑も残る郊外へ移転。その屋敷に赤穂浪士は討ち入りした」と絵図を読み解く。吉良邸の隣には、討ち入りの際、高ちょうちんを掲げた土屋邸と本多邸も確認できる。











