東京五輪最終日の8日、新体操の団体総合決勝に挑んだ日本代表「フェアリージャパン」は前回リオデジャネイロ五輪と同じ8位に終わった。新体操では日本勢初の五輪3大会連続出場を果たした松原梨恵(27)=東海東京FH、県岐阜商高出=は、チーム最年長として最後まで諦めず華麗な演技を披露。「メダルは取れなかったけど、五輪があったからここまでやってこられた」。胸を張って、夢舞台を締めくくった。

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 新体操の日本代表は例年、国内外で年約350日の厳しい合宿生活を送る。松原は昨年1月、足を骨折。五輪延期はけがの回復には好都合だったが、若い選手の1年と、松原のようなベテランの1年は意味が異なる。けがや疲労からの回復スピードの鈍化や、さらなるけがの心配。綱渡りの1年となった。

 最大の試練は今年7月初め。日本協会が発表した東京五輪の正選手の中に、松原の名前はなかった。肩や首などを痛めていた影響から、選ばれたのは「補欠」。複雑だった。

 「悔しさと、受け入れたくない気持ちがあった」と松原。しかし、若手選手に積極的に声を掛け、五輪経験者としてサポートに専念。主将の杉本早裕吏(25)=トヨタ自動車=が「悔しいはずなのにチームのために動いてくれる。存在は本当に大きい」と感謝するように、心のよりどころとなった。もちろん自身も万が一に備えて調整を継続。他のメンバーのけがの影響で、急きょ3度目の五輪出場が舞い込んだ。

 「楽しんで演技できたらいい」と話していたが、予選、決勝ともチームとして思い描く演技はできなかった。18歳で初めて出場したロンドン五輪から数えて、足かけ9年の長い旅路。メダルという結果を残せなかった悔しさはあるが、それ以上にこみ上げてくる思いが今はある。「頑張ってきたことには悔いはない。この舞台に立てて幸せでした」