まさかの結末が待っていた。投打とも最高潮で、決勝の舞台に立った県岐阜商創部100年のメモリアルチーム。絶対的エース森厳徳を中心にした高い投手力と破壊力抜群の強打線。岐阜はおろか、甲子園でも圧倒できるハイスペックな〝盾(たて)と矛(ほこ)〟を手にしながら、眼前の聖地の扉を開け放つことはできなかった。「いいチームだったので、連れていってやりたかった」。鍛治舎巧監督は静かに無念さを言葉にした。

◇メモリアル夏制覇へ高まったチーム力 だが…

 大会直前は、どん底の状態だった。
 
 相手校に遠征した最終の練習試合・敦賀気比(福井)戦で森はじめ今大会ベンチ入りの4人が全員失点し、計8失点。打線も好左腕竹下海斗から立ち上がりに2得点したものの、二回以降はゼロ行進。

 鍛治舎監督の怒りは天をつき、帰岐してから紅白戦を1試合。さらにノック、ボール回しと練習は午後11時過ぎまで続いた。

 しかも2人のノッカーが同時に行う効率重視の通常のノックではなく、一人がノックを打ち、全員で声を出し、一球の大切さを浸透させた。

 「100周年の夏に必ず甲子園にいくことを選手間ミーティングで連日、再確認し合った」と主将の垣津吏統は振り返る。

岐阜城北×県岐阜商8回表=捕手の大東と言葉を交わす県岐阜商の森(左)=長良川

 例年より約1時間長い、夜10時半、11時までの6月の追い込み練習から、7月は通常練習に戻し、大会入りしてからは約4時間の調整練習という調整法の奏功も相まって、試合を行うたびにチーム力は高まった。

 今チームは森を中心にする投手力に負うところが大きかったが、春は1試合平均3・25点だった得点は今大会は準決勝まで平均7点と倍増し、高い潜在能力が形に表れるようになり、激戦のAブロックを制し、今大会台風の目の岐阜各務野を圧倒しての決勝進出。

 メモリアルな夏制覇は確実視された。岐阜城北との決勝初回でいきなり3長短打で2点を先取したところまでは…。

◇九回表、エースの異変 決勝初のタイブレークへ

 戦力が高いチームが必ず勝つとは限らないのが高校野球。...