岐阜市を代表する春祭り、と言えば「道三まつり」。毎年4月第1土曜日と日曜日、柳ケ瀬などでみこしがパレードするお祭りだが、正確には「岐阜まつり協賛 道三まつり」という。その岐阜まつり、とは何か? 岐阜城(岐阜市)の旧城下町「岐阜町」(金華、京町地区)で実際に参加してみると、何百年も受け継がれてきた岐阜の伝統がそこにはあった。(岐阜新聞デジタル独自記事です)

 

◆岐阜まつりとは何か?

 午前7時 本当は前日の4日に試楽があって、夜には宵宮もあるはずだった。だが、春の嵐により中止。本楽のきょう5日、天気は持ちそうだ。集合場所へ向かう。実行委員会によると中止にしたくない理由があるという。それは「8年に1度」だから。岐阜まつりは毎年開かれるのに、どういうことだろう?

 そもそも岐阜まつりとは何か。この定義が実は難しい。岐阜市文化財保護課によると、狭い意味では伊奈波神社の祭礼。広く捉えると他地区の祭りも岐阜まつりと称されることがある。

 記録によると慶長年間(1596年―1615年)にはすでに祭礼が行われていた。一方、道三まつりは1973年に大河ドラマ「国盗り物語」の放映が決まったことがきっかけで、岐阜の経済界が主体となってスタートさせた。岐阜まつりという土壌の上に道三まつりが誕生したのだ。

◆「どんでん」とは何か?

 午前7時30分 雲多し、しかし晴れ。まつりの朝は早い。集合場所で法被(はっぴ)をまとい、地下足袋を履く。

集合場所へ向かう舵方の皆さん=岐阜市白木町

 午前8時10分 準備は整った。私たちは舵方(かじかた)を担う。総勢約40人。金華の山車「安宅車」(あたかしゃ)を押したり引いたりする花形だ。私は安宅車の後方を担当する。朝の出発式で「中止になった昨日の分までどんでん回そう」とハッパが飛ぶ。「記録更新には最低8回、だが16回を目指そう!」。オーっと気合いの声が上がるが、「どんでん」とはなんだろう?...