筋肉を守る「糖を感知する仕組み」に着目した新たなモデルマウス
2026年1月30日
岐阜大学
藤田医科大学
京都大学
ダイアベティス(糖尿病)に伴う筋肉の衰えを防ぐ仕組みを解明 ― 筋肉を守る「糖を感知する仕組み」に着目した新たなモデルマウス ―
本研究のポイント
・ダイアベティス(糖尿病)をもつ高齢者で大きな問題となる「サルコペニア(筋肉量の減少、筋力や身体機能の低下)」について、その発症や重症化に関わる新たな仕組みの一端を明らかにしました。
・生体が糖を感知する仕組みに重要な役割をもつ転写因子「ChREBP(*1)」が、インスリン不足により生じるダイアベティスの状態において、筋肉を守る役割を果たしている可能性を明らかにしました。
・インスリン不足によって生じるダイアベティスのモデルマウスにおいて、ChREBPを欠損させると、血糖値が同程度であっても、著しい筋萎縮、筋力低下、さらには寿命の短縮が認められました。
・本研究で確立したマウスは、ダイアベティスをもつ人におけるサルコペニアの病態解明や、予防・治療法の開発に役立つ新たな研究モデルになると期待されます。
研究概要
岐阜大学大学院医学系研究科 糖尿病・内分泌代謝内科学の今泉俊則大学院生、恒川新教授、藤田医科大学医学部 臨床栄養学の飯塚勝美教授および京都大学大学院医学研究科 糖尿病・内分泌・栄養内科学の矢部大介教授らの研究グループは、ダイアベティス(糖尿病)をもつ人で起こりやすい「サルコペニア(筋肉量の減少、筋力や身体機能の低下する疾患)」に着目し、その病態解明を目的とした研究を実施しました。
サルコペニアは、転倒や寝たきり、要介護状態につながりやすく、特にダイアベティスをもつ高齢者では大きな健康課題です。これまで、ダイアベティスによるサルコペニアは、主に「インスリン不足」や「高血糖」が原因と考えられてきました。しかし、筋肉が糖をどのように認識し反応するかについては十分な研究がありませんでした。
本研究では、インスリン不足によって生じるダイアベティスのモデルマウス(Akitaマウス)と、糖を感知する仕組みに重要な役割をもつ転写因子ChREBPを欠いたマウスを組み合わせて解析しました。その結果、血糖値が同程度に高くても、ChREBPが欠損すると、筋肉量と筋力が著しく低下し、寿命も短くなることが明らかになりました。さらに筋肉の組織を詳しく調べたところ、筋肉を分解する方向に働く遺伝子の発現が高まり、とくに瞬発力を担う筋繊維が細くなっていることが確認されました。これらの結果から、ChREBPを介した「糖を感知する仕組み」が、ダイアベティスの状態において筋肉を守る重要な役割を担っている可能性が示唆されました。
本研究成果は、日本時間2026年1月22日に、英国内分泌学会雑誌『Journal of Endocrinology』に掲載されました。
研究背景
サルコペニアとは、加齢や低栄養などを背景として、筋肉量や筋力、さらには身体機能が低下した状態を指します。サルコペニアが進行すると、転倒しやすくなったり、日常生活動作に支障をきたしたりするため、健康寿命を縮める大きな要因となります。ダイアベティスをもつ人では、年齢や発症の原因を問わず、サルコペニアを合併しやすいことが知られています。しかし、その発症や進行の詳しい仕組みは十分に解明されておらず、効果的な予防や治療につながる新たな視点が求められていました。
研究成果
この研究では、インスリン不足によって生じるダイアベティスのモデルであるAkitaマウスを用いて、生体が糖を感知する仕組みに重要な役割をもつ転写因子ChREBPが、骨格筋にどのような影響を及ぼすかを検討しました(図1)。
ChREBPを欠損させたAkitaマウスでは、通常のAkitaマウスと比較して、高血糖やインスリン分泌障害の程度に大きな差は認められなかった一方で、体重、骨格筋重量、握力が著しく低下していました。さらに、持久力の指標であるトレッドミル走行距離も短縮する傾向がみられました。これらの結果から、インスリン分泌不全型糖尿病において、ChREBPが骨格筋量や筋力を維持する防御的な役割を果たしている可能性が示唆されました。
加えて、生存率の低下や背部の弯曲が認められ、フレイル(*2)を示唆する身体的変化も確認されました。さらに、動物用マイクロX線CT装置を用いた画像解析により、皮質骨の骨密度が低下していることも明らかになりました。
次に、より詳細な検討を行うため、マウスの前脛骨筋を用いて遺伝子発現および組織学的変化を解析しました(図2)。遺伝子発現解析では、筋タンパク質の分解を促進する遺伝子であるAtrogin-1の発現が増加していました。一方で、筋タンパク質の合成を促進する遺伝子(Myod1、Igf-1)には代償的な発現増加は認められませんでした。また、骨格筋における糖の取り込みや利用に関与する遺伝子(Glut4、Pkm)についても、明らかな変化は認められませんでした。組織学的解析では、速筋(*3)であるType 2B筋線維を中心に、筋線維径が全体的に小さくなっていることが確認されました。
今後の展開
本研究で確立したマウスは、ダイアベティスをもつ人のサルコペニアの原因解明や、新しい治療法・予防法を探るうえで有用な研究モデルになると考えられます。今後は、筋肉におけるChREBPの役割をより詳しく調べる研究や、栄養や運動との関係を解析することで、ダイアベティスをもつ人の筋肉を守る新たな戦略につながることが期待されます。
用語解説
*1 ChREBP(Carbohydrate Response Element-Binding Protein)
ChREBPは、体内の糖の状態を感知し、遺伝子の働きを調節するタンパク質(転写因子)です。活性化されると、さまざまな遺伝子に作用し、糖をエネルギーとして利用する解糖系や、余った糖を脂肪として蓄える脂肪酸合成系において重要な役割を果たします。これまで主に、肝臓や脂肪組織における役割が研究されてきました。
*2 フレイル
フレイルとは、加齢に伴って心身の活力や回復力が低下し、健康な状態と要介護状態の中間に位置する、可逆性を有する状態を指します。体重減少、疲労感、筋力低下、歩行速度の低下、身体活動量の低下などが特徴とされています。動物実験では、これらの状態を反映する指標として、脊柱後弯などの身体的所見が用いられることがあります。
*3 速筋
速筋とは、瞬発的な強い力を発揮する一方で疲れやすいタイプの筋繊維で、その色調から白筋とも呼ばれます。マウスでは主にType 2B筋繊維がこれに該当し、解糖系を主なエネルギー源としています。一方、遅筋は持久力を担う筋繊維で、赤筋とも呼ばれ、マウスではType 1筋繊維が該当します。また、Type 2A筋繊維は、速筋と遅筋の中間的な性質をもつ筋繊維です。
論文情報
雑誌名:Journal of Endocrinology
論文タイトル:ChREBP Deficiency Aggravates Diabetic Sarcopenia by Disrupting Glucose Signaling: A Novel Mouse Model of Muscle Atrophy.
著者:IMAIZUMI Toshinori, IIZUKA Katsumi(※), TSUCHIDA Hiromi, SAKAI Mayu, KUBOTA Sodai, KUBOTA-OKAMOTO Saki, TAKAHASHI Yoshihiro, TAKAO Ken, KATO Takehiro, MIZUNO Masami, HIROTA Takuo, HORIKAWA Yukio, TSUNEKAWA Shin, MURAKAMI Takaaki, YABE Daisuke
(※ Corresponding author)
DOI: 10.1530/JOE-25-0257












