沖縄県は23日、太平洋戦争末期の沖縄戦で亡くなった日米の計20万人超を悼む「慰霊の日」を迎えた。旧日本軍の組織的戦闘が終わった日とされ、最後の激戦地となった糸満市摩文仁の平和祈念公園で、不戦を誓う沖縄全戦没者追悼式が営まれた。戦後81年となる中、沖縄の基地負担はなお重い。玉城デニー知事は平和宣言で、平和教育を巡り「若い世代へ責任を持って正しく伝え、学び考える歩みを続ける」と述べた。高市早苗首相が参列した。
日米両政府による米軍普天間飛行場(宜野湾市)の返還合意から30年が経過。玉城氏は宣言で、普天間の名護市辺野古移設に関し「一方的な押し付けではない、日米両政府と県の対話による解決を求める」と言及した。
首相はあいさつで「沖縄の皆さまには今もなお基地の集中による大きな負担を担っていただいている。在日米軍施設・区域の整理・縮小に取り組む」と語った。
沖縄戦は住民を巻き込む苛烈な地上戦となり、県民の4人に1人が死亡。戦後、米軍は沖縄を占領し、現在まで続く基地問題の原点になった。米兵による事件事故は今も相次ぐ。











