避難場所から移植されたサルスベリを見上げる藤井真・真蔵寺住職=8日午前9時53分、岐阜市島栄町、近島観音堂
点字図書で保存されている岐阜盲学校元生徒の手記「火の雨の下で」=1日、岐阜市梅河町、視覚障害者生活情報センターぎふ

 太平洋戦争末期の1945年7月に岐阜空襲の炎の中を逃げ惑った県立岐阜盲学校(岐阜市)の卒業生ら7人が、点字手記を残していた。避難先に焼夷(しょうい)弾が降り注ぎ、直撃を受けた仲間が犠牲になった恐怖の一夜を記録している。約900人が死亡し、市域の7~8割を焼いた岐阜空襲から9日で81年を迎える。

 「『ブーン、ブーン。』地の底から響いてくるような不気味な不気味なその音。...