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隣接するJR鵜沼駅と名鉄新鵜沼駅 「競合より共存」運行の要、ともに重要視



 岐阜県内で、JR在来線と大手私鉄である名鉄が、開業当時から現在まで同じ地で近接している駅の一例に挙がるのが、今年開業100周年のJR高山線の鵜沼駅(各務原市鵜沼山崎町)と、その5年後に開業した名鉄各務原線、犬山線の新鵜沼駅(同市鵜沼南町)。高架通路で歩いて行き来できるほど近いが、なぜ近接しているのか、そこには交通の要として重要視されたことが理由にあった。

 駅の歴史はJRの方が古い。鵜沼駅は1921(大正10)年11月12日、国鉄(当時)が、前年開業の高山線を延伸した各務ケ原駅~美濃太田駅間の開通に合わせて開業した。高山線は、名古屋方面から飛騨を経由して金沢方面へつながる鉄路の必要性が見込まれて建設され、鵜沼駅は延伸に向けた確かな一歩であったといえる。

 一方の新鵜沼駅は26年10月1日開業。翌年に各務原線の前身である各務原鉄道が「東鵜沼駅」を近くに開いたが、4年後に新鵜沼駅と統合された。新鵜沼駅と、木曽川を挟んですぐの愛知県側にある犬山橋駅(現犬山遊園駅)が同年につながったのは、犬山への行楽客の誘致を目指した名鉄の念願だった。また、これで鵜沼、新鵜沼駅を結節点に岐阜と愛知、美濃太田方面が鉄道でつながった。

 鵜沼駅と新鵜沼駅の間には、かつて連絡線があり、つながっていた。名鉄は2001年まで特急「北アルプス」を運行していて、高山線に乗り入れていた。この連絡線は、名古屋方面から犬山線を経て高山線へ乗り入れるための線路だった。鵜沼駅と新鵜沼駅は、鉄道会社の垣根を越えて運行を橋渡しするための要所だったともいえる。隣接していることで、利用客には乗り換えによる行き先の選択肢が増える。結果論かもしれないが、競合より共存する形になったのか。連絡線は11年に撤去されたが、両駅東側の道路のカーブに、その名残がある。

 現在両駅は、09年に完成した高架通路「鵜沼空中歩道」でつながっている。以前から歩いて行ける距離だったとはいえ、周辺は3線分の線路で分断された上に国道21号もあり、行き来するには遠回りして踏切を渡らなければならなかった。

 空中歩道は各務原市がJR東海、名鉄とともに整備。両駅前広場を結び24時間往来可能で全長263メートルで、エレベーターとエスカレーターを完備する。両駅間は徒歩数分でアクセスできるようになり、「近くて遠い駅」だった二つの駅は本当に近くなった。通路両側はガラス張りで、両鉄道の車両を眺められる。名付け親は今月亡くなった森真前市長だ。

 完成当時を知る各務原市の担当者は「オープニングセレモニーが多くの人出でお祭りのようだった。地元の念願がかなったのだと実感した」と振り返る。

 名鉄は新鵜沼駅の役割を「岐阜や名古屋方面への輸送拠点としてだけでなく、まちの発展を支える役割を果たすと考える」としている。さらに「両駅間で乗り換えする利用客も多いので引き続き安全・快適に利用していただけるよう努めたい」と話した。

 ちなみに、「名鉄岐阜」「名鉄名古屋」などのように「新○○」と呼ばなくなった駅が多い中で今なお「新鵜沼」である理由について、名鉄は「地元の皆さんにご愛顧いただいているので『新』を残している」と説明。さらに、4駅隣の「名電各務原」がなぜ「名鉄」ではなく「名電」と付くのかについては、駅名改称は1938(昭和13)年だが、資料は残っていないという。身近な駅にもいろいろな歴史や秘密がある。

カテゴリ: くらし・文化 動画