目の前でサクサクに揚がった衣に、みそやソースを付けて頬張ると、ジューシーな肉汁があふれる。「おちょぼさん」の愛称で親しまれる、岐阜県海津市平田町三郷の千代保稲荷神社参道の名物といえば串カツ。売られ始めたのは、実はそれほど昔ではない。古くから川魚料理や漬物、和菓子などの店舗が並ぶ参道で、参拝者を引きつけるようになった串カツ。いつから、そしてなぜ人気があるのか探った。
スマホ見せてグルメ・買い物お得に 岐阜新聞デジタルクーポン千代保稲荷神社は、周囲を田んぼに囲まれた田園地帯にある。一歩参道に入ると、800メートルほどの間に飲食店など約130軒がひしめく観光名所だ。名古屋市の大須観音周辺など都市部の参道にも劣らない活気にあふれる。同神社の森康宮司(65)は「景気が良かった昭和50年代前半からバブル崩壊までが特に参拝者が多く、その頃から観光地化していった」と振り返る。
◆昭和50年代から味競う
店内の装飾と同じ金色の羽織を着た「串かつ玉家」の名物社長、大橋富四郎さん(87)が串カツを売り始めたのも四十数年前、参拝者が増え始めた昭和50年代初め。「当時はまだ串カツを売る店は3軒しかなかった。それから何軒もできるから、そのうち減るかと思ったら増えていった」と話す。
ビリヤード場から焼きそばやお好み焼きの店に業態を変えていた同店だが、大橋さんが40代半ばの頃、串カツをメニューに入れようと名古屋市の屋台などに行き研究。発売当初は今ほどの人気はなかったというが、テレビ番組で取り上げられると客が一気に増えた。当時の盛況ぶりは大橋社長自身も驚くほどだったという。客が増えたから串カツが売れたのか、串カツが客を呼んだのか、あるいは相乗効果か。ともあれ、串カツはおちょぼさんのシンボルのような存在になった。
串カツ以前の定番グルメといえば、ナマズやウナギ、フナのみそ煮などの川魚料理だ。大正時代から続く「やまと本店」3代目の近藤輝明さん(80)は、「昔は家族でお参りに来て、川魚料理のごちそうを食べて帰っていく人が多かった」と振り返る。
川魚料理の時代から、この参道では多くの店が味を競い合ってきた。そして串カツについても、大橋さんも近藤さんも口をそろえて、「各店が長年継ぎ足して使っているみそやたれが自慢」と言う。ナマズやウナギの蒲焼きのたれも串カツのみそも店ごとに違う。簡単にはまねできない凝縮されたうま味が愛され続ける理由のようだ。揚げたての串カツに「秘伝」のみそ。さらに独特の雰囲気がある参道を散策しながら、いろんな店の串カツを食べ比べる。これらが重なり合って「おいしくて楽しかった」という思い出が刻まれるのではないか。
毎月参拝に訪れるという男性は「1人のときは串カツで手早く、連れがいるときは川魚料理が楽しみ」と話す。川魚料理の店は減ったというが、現在も十数軒が参道に並ぶ。近藤さんは「川魚料理は水郷地帯の海津ならではの料理。そちらも忘れないでほしい」と笑う。
近年は、スイーツやカレー、餃子など、さまざまな飲食店が参道に登場し、若い参拝者も増えた。大橋さんは「新しい人も応援していく」、近藤さんは「若い人たちにはいろいろ考えてもらいたい」と、ともに新しいグルメの登場を歓迎する。古参の商店主たちの懐の深さも、時代が変わっても参道がにぎわい続ける秘訣(ひけつ)かもしれない。
昨年は新型コロナウイルスの影響で参拝者も大幅に減少したが、最近は対策を取り徐々に参拝者も戻りつつある。参道のにぎわいを見れば商売繁盛の御利益があると信じたくなる。おなかが満たされ、楽しい一日を過ごした感謝の気持ちを忘れずお参りしたい。













