カタールワールドカップ(以後W杯)の真っ最中ということで、サッカー王国ブラジルでは連日W杯の話題で持ちきりだ。W杯のことをポルトガル語でコッパ・ド・ムンド=Copa do Mundo=といい、親しみを込めて「コッパ」と呼ぶ。

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 快進撃を続けてきた日本、ついにその足が止まった。サッカーのワールドカップ(W杯)カタール大会決勝トーナメントでクロアチアに惜敗。初のベスト8入りの夢は実現しなかった。ドイツ、スペインを破るなど、今大会で日本は世界を驚かせた。サッカー大国ブラジルからはどう見えたのだろう。実は日本サッカー界に多くの人材を送り出す親日国でもある。ブラジル在住30年のサッカージャーナリスト、大野美夏さん(岐阜県出身)に寄稿してもらった。

人生とW杯、常に交差

 街の中は至る所で「緑と黄色」のブラジルカラーで飾られ、あちこちで国旗を目にする。そして、ブラジルの試合の日は浮き足立って全く落ち着かない。W杯では、会社も役所も学校も休みにしてブラジルの試合を見るのが恒例なのだ。

 祝日にはならないが、例えば試合が午後4時から開始なら午後2時に帰宅するか、テレビで試合が見られるところに移動するか、バタバタが始まる。試合前は道路も渋滞が起こるが、試合が始まると道から人々の姿は消え、車の通りはほぼなくなる。静寂と歓喜に国中が一体化する。試合終了後は、6時間ほどサッカー討論番組が始まり(地上波では無い)、翌日も延々とW杯と向き合う本気の国だ。

 それもそのはず。ブラジルは1930年の第1回大会から今回の22回まで連続で出場している唯一の国(戦争中を除き)なので、4年に一度人生とW杯が常に交差して代表チームとの思い出を積み重ねている。

 私も92年にブラジルに来てから、8回のコッパを味わった。それぞれに思い出があり、心に刻み込まれている。中でも94、2002年と優勝は格別だった。

ブラジルでも大注目

 さて、カタールW杯だが、日本代表の快進撃がブラジルでも大注目された。日本は1998年フランスW杯で初出場を果たしてから7回連続出場をしている。出場国が24から32に増えた恩恵があるとはいえ、初出場から連続7回というのは、ブラジル以外で史上2位という偉業だ。しかも、7回のうちグループリーグを勝ち抜きノックアウトラウンドに4回進出している。

 しかし、ベスト16までは行けても、勝つか負けるかのラウンドになってからは生き残ったことがない。今回も残念ながらクロアチアにPK戦の末負けてベスト8には進めなかった。なかなかこの壁を越えることができない。

日本を応援してくれる国

 今回、グループリーグで日本は「死の組」と言われたドイツ、スペインという優勝国と同組になり、誰もがこの2カ国には勝てないだろうと予想したにも関わらず大金星を挙げた。ブラジルでもこれは良いサプライズとして受け止められ、称賛の声を受けた。

 日本がドイツに勝った直後、ブラジル人の友人たちからお祝いのメッセージが届いた。

 FC岐阜の元フィジカルコーチのアウタイール・ラモスもその一人だ。サンパウロFCで世界一になりセレッソ大阪、アルビレックス新潟、川崎フロンターレ、FC岐阜でフィジカルコーチをしたアウタイールは「日本の勝利に涙した。私が日本サッカーに少しでも貢献できたことがあるなら、こんなうれしいことはない」と言ってくれた。

 また、元ブラジル代表で94年W杯優勝メンバーのマウロ・シルバからのお祝いメッセージを奥さまの照美さん(日系2世)が送ってくれた。マウロはカタールW杯ではスペインのテレビ局の仕事をしているにもかかわらず、日本がスペインを破ったことを大層喜んでくれた。200万人の日系ブラジル人が日本を第2の国として応援してくれる希有(けう)な国なのだ。

ブラジルのエッセンス

 プロ化からわずか30年で世界の強豪と対等に戦えるところまで来た日本サッカーに対して、間違いなく世界は一目置いてくれるようになった。

 そして、日本サッカーの礎をどれほど多くのブラジル人選手、指導者たちが作ってくれたかをぜひ思い出してほしい。もっと上達したい、覚えたいと熱心な日本人たちに真摯(しんし)に向き合い、日本サッカーのためにハードワークをしてきた人たちだ。だから、日本サッカーには間違いなくブラジルのエッセンスが根付いていると思う。

 岐阜には草の根で情熱と愛と夢を持って次世代につなげようとサッカーに携わる人たちがたくさんいることも忘れてはならない。その頂点がサムライブルーなんだと思う。

 日本人は自分たちが思ってる以上にサッカー大国で、サッカーを愛する人がたくさんいると世界から認められて、リスペクトされていることに気づいて、自慢に思って、もっと自信を持っていい。

まだその日ではなかっただけ

 だからこそ、クロアチア戦で日本が「大胆さと喜び」が無い面白みのないサッカーで敗退したことは落胆だった。W杯は短期決戦の独特な戦い方をしなければいけない大会、しかも国を代表するプレッシャーがつきまとう。ベスト8の壁を乗り越えるためには、自分にしかないもの、他と違う独自の特徴、アイデンティティーを持った選手がたくさん出てこないといけない。それほど遠くない未来にきっとくる。今日は、まだその日ではなかっただけなのだ、と優勝という景色を何度も見ている国から思うのだ。

 日本サッカーは世界レベルで無視される存在から、褒められるところまで来た。次は、日本とは当たりたくないとライバル視されるようになったら、本当の意味のサッカー強豪国になるのだろう。

 
 おおの・みか 岐阜市生まれ、揖斐郡揖斐川町育ち。サッカージャーナリスト。著書にネイマールら南米の名選手を取材した「彼らのルーツ ブラジル・アルゼンチンのサッカー選手の少年時代」(共著、実業之日本社)など。岐阜県人会インターナショナル(GKI)副会長。55歳。