坪内逍遙(美濃加茂市提供)
「逍遙選集別冊第五」に掲載された牧野富太郎から坪内逍遙に送られた絵図と論文の一部
坪内逍遙のエッセー「マンドレークといふ植物の訳名」に記載された「牧野博士」の文字(逍遙選集別冊第五より)

 NHK連続テレビ小説「らんまん」で主人公のモデルとなっている植物学者の牧野富太郎(1862~1957年)が、岐阜県美濃加茂市出身で日本で初めてシェークスピア全集の個人完訳を果たした文豪坪内逍遙(しょうよう)(1859~1935年)と交流があったことが、早稲田大学坪内博士記念演劇博物館(東京都、通称・演博)の調べで分かった。

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 2人の交流を示す資料は、逍遙が晩年に財団法人国劇向上会(後の財団法人逍遙協会)の編集発行による月刊誌「藝術殿」で1930年代に連載したエッセー「シェークスピヤ・アット・ランダム」のうち、「マンドレークといふ植物の訳名」「メドラー(medlar)といふ果実の訳名」「私の屢々(しばしば)誤訳した植物の名」という3編の文章。いずれも「牧野博士」として登場している。3編は、逍遙協会編集の「逍遙選集別冊第五」(78年発行)に所収されている。

 シェークスピア作品には植物名が数多く使われているが、日本では極めてまれな種や日本にはない種、あるいは語訳に相当する語が複数ある場合があり、逍遙が植物の英語名を訳す際の苦労が記されている。

 「マンドレークといふ植物の訳名」では、戯曲「ロミオとジュリエット」で、ジュリエットに仮死状態をもたらした眠り薬として登場するマンドレーク(マンドラゴラ)という植物名の語訳について、逍遙が牧野に「君はあれを何と訳したか」と尋問されたとの記述がある。逍遙は、英和辞典を信用して「曼陀羅華」という訳名を使ったと打ち明け「お訊(たず)ねで恐れ入った。もとより自分は門外漢、世間一般の『英和辞書』類からの借用以外に何の考へもないのです。御専門の正しい訳名の御示教を願ひたい」と返事をした。

 牧野は早速、34年1月1日発行「本草第十八号」(春陽堂版)を送ってよこし、逍遙は論文「東で人参、西でマンドラゴラ」の一部を藝術殿に転載した。

 また「メドラーといふ果実の訳名」で、逍遙は「興味深き示教を得て、私は自分の不学を慚(は)ぢ、すぐに念頭に浮び出た他の不束(ふつつか)な(植物の)訳名に関して、今度は自分から一書を裁して、同博士へ無心を申し入れた」と記し、「メドラー」の訳名についても牧野に質問したと記述。牧野は詳細な説明と図を逍遙に送ってよこしたという。

 朝ドラでは、十徳長屋で暮らす東大の落第生、堀井丈之助のモデルは、逍遙ではないかと交流サイト(SNS)で話題となっている。

 演博は「当館創設者の坪内逍遙は、近代小説の祖であると同時に、近代演劇の革新運動のリーダー的存在でもある。牧野富太郎と同じく、明治という時代に新しい分野を開拓した人物。今回、このような形で逍遙(と思しき人物)が取り上げられ、これまで馴染(なじ)みのなかった方々にも関心を持っていただきうれしい」とコメントを寄せた。

 また、「らんまん」の脚本家である長田育恵さんは、以前演博で勤務した経験があり、逍遙の生涯を描いた戯曲「当世極楽気質」も執筆している。演博は「逍遙に対する長田さんの深い理解と愛情が、今回の逍遙(と思しき人物)の登場やキャラクターの人物造型につながったのでは」と推測する。