27日にパラリンピック初戦を迎えるシッティングバレーボール女子日本代表の田中ゆかり=高山市下岡本町、中山中学校
田中ゆかりの高校時代について語る岐阜聖徳学園高の田中龍次元監督=岐阜市中鶉、同校

 「自分も役に立てる」。東京パラリンピックで、27日の初戦のイタリア戦に臨むシッティングバレーボール女子代表・岐阜県安八郡輪之内町出身の田中ゆかり(35)=滋賀・坂田小教、岐阜聖徳大出=。パラアスリートとして飛躍する礎となったのは、障害を負って落ち込んでいた時期に務めた高校野球部のマネジャーだった。「(パラリンピックで)頑張る姿を見せ、支えてくれた人に恩返ししたい」。周囲への感謝を込めて世界の舞台に立つ。

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 「どうや、マネジャーやってみんか」。中学3年で左膝に骨肉腫を発症し、人工関節を入れた。多感な中学最後の年を治療やリハビリに費やし、1年遅れで岐阜聖徳学園大学付属(現岐阜聖徳学園)高校に入学。ふさぎ込んでいた1年生の時に声を掛けたのが、当時の硬式野球部監督で現在は副部長の田中龍次教頭(55)だった。

 「自分を必要としてくれる人がいる。前向きになれた」と田中。元来、小学2年からバレーボールに打ち込んでいたスポーツ少女。野球のルールを一から覚え、温かな部員にも恵まれた。試合ではスコアブックをつけたり、練習ではノッカーにボールを渡したり。「1勝」の重みも学んだ。田中元監督は「自分で仕事を見つけてやっていた。障害のことは感じさせなかった」と回想する。

 充実した高校生活を送り、進学した岐阜聖徳大でも4年間、野球部のマネジャーを続けた。卒業後は滋賀県で小学校教諭に。シッティングバレーボールとの出合いは2013年ごろで、夫の浩二(54)もシッティングバレーボール男子代表。夫婦で初めてのパラリンピックに挑む。

 今年7月下旬。田中元監督の元に、田中から代表入りを報告するメールが届いた。「悔いのないよう持てる力を出し切って」と返信すると、「監督の言葉をしっかり心にとめて頑張ります」と力強い言葉が返ってきた。「とにかくベストを尽くしてほしい」と田中元監督。あの頃のように、全力で挑戦する田中の姿を期待している。