岐阜市の繁華街・柳ケ瀬の中華料理店がこの夏、ひっそりとのれんを下ろした。食通をうならせるこだわりの味、白ひげをたくわえた名物店主の人柄も手伝い、地元客のみならず県外からも足しげく通う常連客が絶えない有名店だった。新型コロナウイルス感染拡大のあおりを受ける形で、7月に突然、店を閉めた。第5波のまっただ中、再び静まりかえる夜の街。店主だった斉藤譲二さん(88)=同市=は「人のつながりがなくなってしまう」と懸念する。
「こんなことになるとはね」。斉藤さんは力なくぼやいた。料理人として国内外の大手ホテルなどを渡り歩き、60歳を過ぎて独立。1994年、同市の西柳ケ瀬に中華料理店「三本足」を構え、2004年に同市若宮町に移転した。「医食同源」をモットーに、化学調味料を使わず油は少量、砂糖の代わりに蜂蜜を使うといったこだわりで本格中華の味を追求し、政財界の著名人もお忍びで通っていた。近年は肺を患ったために調理場にはあまり立てなくなったが、客との交流を日々の楽しみにしていた。
コロナ禍が街の雰囲気を一変させた。酔客でにぎわった通りは人けがなくなり、一日当たりの売り上げがピーク時の3%ほどに当たる数千円にまで落ち込む日もあった。家賃を下げてもらい店を守ろうと尽くしたが、冬の宴会シーズンに感染の再拡大が重なったことが痛手となり、1千万円を超える赤字を抱えた。持続化給付金などコロナ禍に伴う支援制度も活用したが「焼け石に水だった」。
従業員ら4人への月数十万円の人件費も重くのしかかった。ただ、最後まで給与は削らなかった。「義俠心(ぎきょうしん)までも失いたくはなかった。最後に3、4日は損ついでに無料で振る舞おうかとも思ったが」。コロナ禍で人を集めるわけにもいかず自重した。中華鍋などの調理道具は処分した。
「誰にも予測がつかない時代になった。閉店も仕方がないことかもしれない。でもお客さんたちに最後、ありがとうと言うこともできなかった」。やりきれない思いを抱えたまま、コロナ禍の街を眺めている。













