朝湯にはご隠居。午後の洗い場には手習いから帰ってきた子どもたち。江戸後期の銭湯を描いた滑稽本「浮世風呂」は時間帯に応じ、さまざまな客が会話に花を咲かせる

▼八つ時(午後2時)は女性客が国学談義。戯作者式亭三馬は、文中に時刻を指す時計の絵を添えた。公衆浴場の時計といえば、当世ならサウナ室だろう。汗を流しつつ…外に出るべきか、とどまるべきか。秒針をにらむ姿を思う

▼そんな平和な風景とは正反対の惨事が東京の個室サウナ店で起きた。ブームを象徴するプライベート空間では、どれほど苦しい時間が流れたのか。火災で命を落とした若い夫婦に胸が引き裂かれる

▼癒やしを提供するはずのサウナ部屋では、扉の取っ手が外れて非常ボタンも電源切れ。謎は多いが、不備があったのかどうか。原因と共に徹底究明が求められよう

▼八百八町では火事を恐れ、貧富を問わず湯屋を積極利用。三馬が「浮世風呂」の構想を練り始めた19世紀初頭には、500軒超も存在したそうだ

▼個室サウナも増加傾向にあると聞く。快適さを求める利用者のプライバシーと安全をどう両立させるか。浮世の語源である「憂(う)き世」とせぬためにも、知恵を絞りたい。