沖縄県名護市辺野古沖で船2隻が転覆し、平和学習中の女子高校生と船長が死亡した事故で、2番目に転覆した「平和丸」の船長が17日「辺野古新基地を造らせないオール沖縄会議」の会合で、別の船が遭難し「助けるか避難するか葛藤はあったが沈没した船に向かった」と説明した。オール沖縄会議事務局長が明らかにした。第11管区海上保安本部(那覇)が船長から聴取し、当時の状況を調べている。
亡くなった京都府の同志社国際高2年の生徒(17)は平和丸に乗っていた。先に転覆した「不屈」船長金井創さん(71)も死亡した。
関係者によると、乗船者らも助けに向かったとの説明をしている。学校や2隻の運航団体も同様の見方を示した。
11管によると不屈と平和丸は同方向に進んでおり16日午前10時10分、前方の不屈が転覆。平和丸は助けるために接近し約2分後、サンゴ礁周辺の不屈とほぼ同じ場所で遭難した。いずれも高波の影響とみられる。
2隻に分乗した高校生18人、乗組員3人は全員救命胴衣を着けていた。






