沖縄・久米島、那覇

 終戦前後に旧日本軍が住民を虐殺した沖縄県・久米島で20日、追悼集会が開かれた。島にいた部隊は米軍の「スパイ」とみなした住民ら20人を殺害し、家を焼いた。当時6歳だった浦添市の上江洲由美子さん(87)は、火災を目撃。住民が相互監視する環境の中、米軍と交流があった自身の家族も虐殺される可能性があったとし「恐ろしい」と語った。

 集会には上江洲さんら約100人が参加。犠牲者の顔などをかたどった彫刻の前で黙とうし、献花した。

 太平洋戦争末期の沖縄戦の組織的戦闘が終結した後、1945年6月26日に米軍は久米島に上陸した。島にいた日本海軍の鹿山正隊長率いる部隊は、翌27日からスパイ視した住民らを殺害していった。

 上江洲さんは6月29日、山の上から、遠くで燃え黒い煙を上げる家屋を見た。「何が起こっているか分からなかった」。後に、米軍の捕虜となり解放された人らが家族も含め9人、鹿山隊によって虐殺された現場だと知った。

 上江洲さんは「米軍と付き合いのあったわが家の周りの数軒はスパイとみなされ、殺害の計画があった」と語った。