〜「留まる権利」を支える人工島開発、資金・環境管理・土地所有・国際支援が焦点〜

2026年9月29日
公益財団法人日本グローバル・インフラストラクチャー研究財団

 

セミナーで使用されたスライドより(C)中山幹康

 

 公益財団法人日本グローバル・インフラストラクチャー研究財団(所在地:東京都港区、理事長:中山幹康、略称:日本GIF)は、2026年7月31日(金)午後2時から、Zoomを利用したオンライン形式にて、当財団理事長で東京大学名誉教授の中山幹康を講師に、当財団理事で法政大学名誉教授の藤倉良氏をコメンテーターに迎え、「モルディブ、キリバス、マーシャル、ツバル―人工島開発の最前線と国際支援・受容のゆくえ―」と題したセミナーを開催しました。

 

開催趣旨

 世界的な気候変動対策が議論される中、国土のすべてが低平な環礁国の危機に対し、土地を人工的に造成・かさ上げする「人工島開発」が現実的な選択肢として浮上しています。本セミナーでは、気候変動適応策としての人工島建設を多角的に検証し、モルディブ、キリバス、マーシャル諸島、ツバルの環礁4カ国における最新の状況、政策、今後の見通しを包括的にまとめたレビュー論文の成果を紹介しました。

 前半では、同論文の筆頭著者である中山幹康が、各国の動向と人工島開発の可能性・課題を解説し、後半では、藤倉良氏が現地調査と最新資料に基づきコメントしました。その後の対談では、質疑応答を交えながら、人工島開発をめぐる技術、制度、資金、地政学、住民の受容について議論しました。

 

講演要旨

1.気候変動と環礁国(海面上昇・国家性・気候移住)

・国土がすべてサンゴ礁で構成される環礁国は、モルディブ、キリバス、マーシャル諸島、ツバルの4カ国のみ。いずれも平均標高は2 m未満である

・今世紀末までに最大1.01 mの海面上昇が予測される。水没前でも、波による氾濫や地下淡水層への塩水浸入により、今世紀半ばには居住困難となる懸念

・モンテビデオ条約が定める国家の条件に関し、国土を失った国家が国際法上存立し得るかという「国土なき国家」をめぐる問題に定説はない。環礁国の指導者たちは移住を主要な解決策とせず、「留まる権利(Right to Stay)」と主権を主張している

・現行の難民条約(1951年)は気候変動を難民認定の理由に含めておらず、気候移住者は国際的な法的保護の対象外である

 

2.人工島という選択肢(技術・環境・国際法・資金)

・従来の適応策(護岸、かさ上げ、養浜など)では長期的な居住性維持が困難。そこで人工島開発が注目される

・主な工法は、浚渫船がラグーンから砂を吸い上げて埋め立てる方法。工学的には建設可能である。一方で、浚渫による海底生物の除去や濁りがサンゴ礁を劣化させるなどの懸念もある

・国連海洋法条約(UNCLOS)上、人工島はそれ自体では領海や排他的経済水域(EEZ)を新たに生み出さない

・大規模造成では、建設経費が数千億米ドルに達しうる。規模が小さい環礁国には、単一事業でも年間国民所得を超える過大な負担となる場合がある。国際支援も融資が多く、資金・債務負担が課題

・造成地の所有権、すなわち土地保有制度の違いも、人工島建設の実現を左右する

 

3.対象国の概観・各国事例(モルディブ、キリバス、マーシャル諸島、ツバル)

・モルディブでは、1997年から人工島「フルマーレ」(面積4.3 km²)を造成。将来的に人口の半分を移住させる計画を進めている

・キリバスでは、南タラワに約300 haを造成し、3万5千人を移住させる「テマイク計画」を策定。しかし、ニュージーランド政府の資金撤退や土砂調達コストの上昇等で計画は停滞している

・マーシャル諸島では、全国土が慣習的土地保有(一族や共同体で先祖代々共有する土地制度)。現状では、国際援助で造成しても個人の私有地となることが、国際資金の流入を阻害している

・ツバルでは、ツバル海岸適応プロジェクト(TCAP)により、約15 haの埋め立て・かさ上げを実施した

 

4.結論(総合評価・今後の研究課題)

・人工島建設は技術的には可能だが、最大のボトルネックは、制度・資金・環境管理

・土地所有の法的枠組み、適切な土砂、国際資金へのアクセス、環境影響評価、地域社会の受容が不可欠

・国際社会が資金や政治的意思を動員できなければ、「気候移民」や気候正義をめぐる国際的課題に発展する

 

5.藤倉氏のコメント(現地動向・地政学・財政)

・ツバルのTCAPフェーズ1では、所有権を譲渡された地域コミュニティの資金不足により開発が進んでいない。国有地のフェーズ2では、政府機関等の移転が計画されている

・ファレピリ連合条約による豪州の特別移住ビザには、昨年、ツバルの人口の9割相当が応募。ただし、直ちに移住するより、将来の保険としてビザを確保する傾向が強い

・モルディブの公的債務はGDP比134.2%に達し、約4分の1を中国輸出入銀行が保有する。中国融資で建てたフルマーレの住宅は家賃滞納率が61%に達し、返済原資が枯渇する悪循環に陥っている

・キリバスでは、土地造成を国富形成の一部として位置づける方向へ転換。中国による旧米軍滑走路・港湾の改修調査を容認する一方、日米豪は無償資金協力で海底ケーブル等を整備し、支援を強化している



 講演後の質疑応答では、造成後の土地所有と宅地開発の資金確保、人工島と海外移住をめぐる住民意識、日本や豪州・米国・中国の関与、土地との文化的なつながり、埋め立ての環境影響、沖ノ鳥島や浮体式プラットフォームの可能性など、多岐にわたる議論が行われました。

 

 セミナー終了後のアンケートでは、回答者19名全員が本セミナーを「面白かった」と回答しました。関心が高かったのは、「人工島という選択肢」、「藤倉氏のコメント」、「気候変動と環礁国」、「結論」などのパートでした。自由記述では、諸外国の事例紹介、世界情勢と技術・経済・財務を横断する視点、人工島開発の安全性・将来性、住民の受容や移住をめぐる論点に関心を示す声が寄せられました。



 

セミナーで使用されたスライドより(C)中山幹康

 

セミナー概要

主  催:公益財団法人日本グローバル・インフラストラクチャー研究財団(日本GIF)

日  時:2026年7月31日(金)14:00~15:30

名  称:オンラインセミナー「モルディブ、キリバス、マーシャル、ツバル―人工島開発の最前線と国際支援・受容のゆくえ―」

開催形式:Zoomを利用したオンライン形式(ウェビナー)

講 演 者:中山 幹康(日本GIF理事長・東京大学 名誉教授)

コメンテーター:藤倉 良 氏(日本GIF理事・法政大学 名誉教授)

司 会 者:坂本 晶子(日本GIF事務局長)

参 加 費:無料

動   画:https://gif.or.jp/seminar_youtube/atoll_nations-2/



講師略歴

中山 幹康

公益財団法人日本グローバル・インフラストラクチャー研究財団(日本GIF)理事長。1986年、東京大学大学院・農学系研究科・博士課程修了(農学博士)。1986年、国際連合環境計画(在ナイロビ・ケニア)専門職員。1989年、宇都宮大学・農学部農業開発工学科・助教授 / 東京農工大学・大学院連合農学研究科・助教授(併任)。1994年、世界銀行(在ワシントンDC・米国)中東・アフリカ局に「水資源管理専門家」として宇都宮大学より長期出張(1996年まで)。1999年、宇都宮大学・農学部農業環境工学科・教授 / 東京農工大学・大学院連合農学研究科・教授。2004年、東京大学・大学院新領域創成科学研究科・国際協力学専攻・教授。2020年3月退職。2020年5月、東京大学・名誉教授。2020年より(公財)日本グローバル・インフラストラクチャー研究財団・専務理事。2024年6月より現職。

 

藤倉 良


法政大学名誉教授、公益財団法人日本グローバル・インフラストラクチャー研究財団(日本GIF)理事。1984年から1995年まで環境庁(現・環境省)に勤務。1999年まで九州大学工学部助教授、2003年まで立命館大学経済学部教授、2026年まで法政大学人間環境学部教授を務める。2023年から2025年まで公益社団法人環境科学会会長。専門は環境システム科学および国際環境協力。主な研究テーマは公害対策の政策形成過程、開発援助や気候変動に伴う住民移転、気候変動に関する技術移転。