多治見空襲犠牲者を追悼する祈念像に白菊を献花する参列者=多治見市音羽町、虎渓用水広場

 多治見空襲犠牲者慰霊祭が24日、岐阜県多治見市音羽町の虎渓用水広場の祈念像前で営まれ、市民らが犠牲者を悼み、平和への誓いを新たにした。

 慰霊祭は多治見空襲犠牲者祈念像建立委員会の主催。元は遺体が収容された安養寺境内で営んでいたが、市民の募金で祈念像を建てた2016年からは広場で開くようになった。コロナ禍で一昨年は中止、昨年は時季をずらして慰霊祭のみ行ったため、記念行事付きに戻すのは3年ぶり。

 西寺雅也委員長(78)はあいさつで、秋には募金の一部を市に寄贈し、市立図書館に空襲や戦争に関する図書コーナーができる見通しを報告。ロシアのウクライナ侵攻や国内の動きを受け「軍事大国への道を歩むのか、平和国家であることを希求し続けるのか、日本は岐路に立たされている。共に反戦平和の道を選ぼう」と呼びかけた。約100人が献花し、霊を慰めた。

 記念行事では、同委員会が作った犠牲者の追悼歌「まどやかな空に」の合唱、多治見空襲の紙芝居、子どもたちのバイオリン演奏などがあった。

 多治見空襲は1945年3~8月に米軍機が同市を襲撃。特に7月15日の空襲では小泉駅や多治見駅周辺を機銃掃射し、少なくとも20人以上の犠牲者が出たとされる。