遠方から放ったハトが鳩舎まで帰る速度を競う「鳩(はと)レース」。愛好者は高齢化で年々減っているが、岐阜県羽島市桑原町八神の吉川幸男さん(74)は同レースに40年余り携わり、多くのハトと暮らしている。「遠くから迷わず帰ってきた時の感動はひとしお。これが鳩レースの醍醐味(だいごみ)」と吉川さんは魅力を語る。
かんたん検索! 岐阜県・東海のイベント お出かけ情報総合サイト「ぎふっと!」かつて伝書バトと呼ばれていたレース鳩はドバトより帰巣能力や飛翔能力が優れる。レースは愛好者が持ち寄ったハトを同一地点から放ち、自宅のある鳩舎まで距離を、要した時間で割り、平均の分速を競う。レースの距離は100キロから千キロ以上までとさまざま。北海道余市町から放つレースに参加したこともあり、帰ってきたハトの体重は、レース前の半分ほどに落ちているという。
吉川さんは高校卒業後、国鉄(現JR)に就職し、愛知県内の工場で列車を修理する業務に就いた。元来、動物好きだった吉川さんは30歳を過ぎた頃、いとこからレース鳩を譲り受け、飼育するようになった。「当時はレース鳩がブームで、近所でも多くの人が飼っていた」と振り返る。多い時で200羽を飼った。
定期的にレースの訓練を行っており、郡上市のひるがの高原や中津川市まで行ってハトを放つ。「体力差があり、鳩舎に戻ってくる時間はまちまち」という。普段は「肩の上に乗ったりし、懐いてかわいらしい」と笑う。
これまでにいくつかのレースで優勝し、鳩レース全国団体の県組織の会長を昨年まで務めた。20年ほど前は100人以上いた県内の会員は現在は20人弱まで減った。「会員の高齢化や趣味の多様化が要因」と吉川さん。自身も現在は飼育数を40羽まで減らした。それでも「ハトの能力の高さや、レースの面白さを伝えていきたい」と語った。
レースのほか、吉川さんは、イベントで放鳩(きゅう)の仕事を担ってきた。2012年のぎふ清流国体の競技会場や、15年に揖斐郡揖斐川町で開かれた全国育樹祭の式典のほか、地元の各イベントで吉川さんの鳩が空に舞った。
以前と比べ放鳩の依頼は減ったが、昨年からの新型コロナウイルスの影響でイベント自体が少なくなっている。吉川さんは「放鳩はみんなが喜び、感動してくれる。鳩レースの魅力を広めるとともに、華やかな放鳩を披露し、多くの人を楽しませたい」と願っている。










