大垣城

 岐阜県大垣市のシンボル、大垣城の石垣は、自然石を使った野面(のづら)積みで全国的にも珍しいものと聞いたことがありますが、実際にはどうなのでしょうか。石垣に使われている石の中には、化石も見られると聞きました。詳しく知りたいです。(40代女性・大垣市)

◆金生山の石灰岩積んでいます

 大垣市教育委員会文化振興課に聞きました。天守は1596年に当時の城主伊藤祐盛により築城されましたが、石垣がいつ、誰によって造られたかは詳しくは分からないそうです。城は度々改修され、石垣が当時のままとは言えないためです。関ケ原の合戦で西軍石田三成が拠点とし、その後、尼崎藩主だった戸田氏鉄(うじかね)が入城。明治維新まで戸田家十万石の居城となりました。国宝に指定されましたが、1945年の大垣空襲で焼失しています。戦後、再建されましたが、現在の石垣もその際に積み直しています。

 石垣は自然石をそのまま積み上げた野面積みですが、積み方は全国的に珍しいとはいえません。一方、石垣に使われている石は、大垣市赤坂町の金生山で採れた白っぽい石灰岩と、海津市南濃町で採れる河戸石(こうずいし)と呼ばれる砂岩です。石灰岩を石垣に使用しているのは全国的にみても珍しいようです。金生山は多くの化石が見つかる場所で、「日本の古生物学発祥の地」ともいわれています。そのため、石垣をよく見てみると、金生山の地層でも見られる2億5千万年前(古生代ペルム紀)の化石を見つけることができます。

 また、現在の東門の旧内柳門には、石垣に当時工事をした担当者がつけた丸や四角の刻印があり、天守台には明治時代の大洪水の浸水位も刻まれています。太古の時代の生物や、昔の人々の営みが刻まれた石垣。城とともに地域の歴史を今に伝える、重要な役割を果たしてくれていますね。