仕事教えてくれるだろう→母の鋭い指摘「自分で選んだんでしょ」

 悲嘆に暮れる両親を残しておけず、「後を継ぐことはできないけど、会社を元気にする手伝いなら」と勤め先を辞めて故郷に戻る決断をした。

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 経理担当として入社したものの、簿記の経験は全くない。母に相談すると「自分で選んで戻ったんでしょ」と素っ気ない返答にショックを受けた。「でも落ち着いて考えたら、確かに自分で決めたこと。心のどこかに、戻ってきてあげた、仕事は教えてくれるだろう、という甘い考えがあった」

「もっと良くできる」職場の改善点模索

 できることからやろうと作業着で工場の片付けを始めた。「何か困りごとはありませんか?」。従業員に〝御用聞き〟をして、職場の改善点を探った。経理の勉強と並行して、税理士と相談しながら会社の経営状態も調べた。窮状が見えてくる一方、「もっと良くできるんじゃないか」という予感も芽生えていった。

今夏、関東の食品加工会社に納入する直前の加圧浮上装置=岐阜県大垣市内

 会社の業務内容も一から勉強した。主力製品は、汚水に圧力を加えて細かい泡を発生させ、汚れを浮かせて取り除く「加圧浮上装置」。浄化槽などで行う排水処理の前段階を担っている。メンテナンスのしやすさと安さが強みで、知れば知るほど「伸びしろがある」と感じた。

 大ざっぱに扱われていた納品書や注文書の管理を見直したり、10人ほどの従業員のスケジュールをデジタル技術で見える化したりと自分なりの着眼点で社内の改善に努めた。亡き兄が残した仕事を見て、考え方や狙いに共感し、さらに磨きをかけることもあった。

 

 仕事に打ち込みながら、結婚や出産、離婚を経験して8年が過ぎたころ、自分の気持ちが固まったのを感じた。「やっぱり、私がやるしかないよね」。両親と話し合い、先代の父孝司さんが古希を迎えるタイミングでトップ交代すると決めた。

 迎えたことし11月21日。新しい事業年度のスタートに合わせて社長に就任した。代表権のある会長に就いた孝司さんは「一時は会社を畳むことも考えた。気楽にやれる仕事じゃないし、本人にとって本当にいいのか心配だけど、継いでもらえてやっぱりうれしい」と目を細める。