岐阜県大垣市に「昼飯町」という地区がある。「ひるめしちょう」と読みたくなるが、正しくは「ひるいちょう」。全国でここだけの珍しい地名で、県内外の地図愛好家たちが"昼メシ"を食べに来る。昼飯町とはどんな地区で、どんな昼メシが食べられるのだろう。現地を訪れると、個性豊かな飲食店にたどり着いた。
かんたん検索! 岐阜県・東海のイベント お出かけ情報総合サイト「ぎふっと!」全国の町名や字名が一覧になった日本郵便の郵便番号データで「昼飯」を検索すると、該当するのは大垣市の昼飯町、ただ1カ所。珍しい地名のため、地図愛好家が全国から訪れる。昼飯町で昼メシを食べよう、というわけだ。
地図研究家の今尾恵介さんの著書「ふらり珍地名の旅」にも登場。「(昼飯町は)高校生の時から知っていた。何だこりゃと思ったので印象が強い」などと記し、現地散策の紀行文をまとめている。さらに、働く人の昼食を紹介するNHKの番組「サラメシ」のロケ隊も来た。この昼飯町、実は全国区なのだ。
ならば、地元紙としても試したい。昼飯町で昼メシを-。10月中旬、最寄り駅のJR美濃赤坂駅から旧中山道・赤坂宿を通り、昼飯町を目指した。
赤坂宿は、徳川家康や幕末の皇女和宮ゆかりの宿場だ。街道を西に進むと、ピラミッドのような姿になった金生山が見える。石灰岩の産地で、貨物列車が臨海部の製鉄所へ運んでいる。昼飯町に入ると、県内最大の前方後円墳「昼飯大塚古墳」が現れた。町内には古墳が点在し、その形状や出土品から東西文化の融合が読み取れ、岐阜県は古代の頃から東西のはざまにあったことが分かる。
さらに西に進むと、街道沿いに如来寺。参道の案内板に「昼飯町の由来」とあった。それによると、その昔、「善光寺如来」を大阪から長野に運ぶ途中、一行がここで昼飯(ひるめし)を食べたらしい。それ以来、この地を昼飯(ひるめし)と呼ぶようになったが、「呼び名が下品である」というので「ひるいい」と改めるも、呼びにくいので「ひるい」にしたという。
昼飯町には中華料理店や喫茶店など数軒の飲食店があるが、サッカー観戦が好きな記者は「長崎ちゃんぽん 国見」に注目。国見といえば、長崎県の高校サッカーの古豪、国見高だ。長崎出身の店主なのだろうと想像し、扉を開けると店内が阪神タイガース! 半ば混乱しながら「長崎ちゃんぽん」を注文し、店主に由来を尋ねた。
店主は、長崎県の旧世知原町(現佐世保市)生まれの堀田勝秀さん(65)。同町は炭鉱の町で、父は炭鉱員の寮で食事を作る料理人だったが、鉱山が閉山し、堀田さんが中学生の時に大垣へ。そして、1981年に父が店を開いた。店名は古里の国見山から。会社員になっていた堀田さんも26歳で退社し、父の手伝いで店に入った。
長崎県では各家庭で、ちゃんぽん麺を作って食べるといい、同店の一杯も家庭的な味わい。豚骨と鶏ガラでだしを取る自慢のスープは、この地の味覚に合わせて本場よりもあっさり目の関西寄りだ。
「にぎやかな甲子園の雰囲気が好き」という理由で阪神ファン。虎党の常連客が集い、テレビで試合観戦することも。コロナ禍では飲食店として打撃を受けたが、この1年半は臨時休業せずに営業を続けてきた。「元々、20時閉店やもんで時短にならんし、店を開けてお客さんと話しとった方が楽しい」と堀田さん。「それに昼飯町やで、昼メシの時間は開けとかなアカンわな」と最後にうまくオチを付けてくれた。
いにしえの時代から西へ東へ、旅人たちが行き交うことで文化が根付いてきた岐阜県。昼飯町に昼メシを食べに行くと、西国の味を伝え続ける粋な料理人に出会えた。













