これまで見つかった信長期の石垣と続く、天守台の南西隅の石=岐阜市、金華山
これまで見つかった信長期の石垣と続く、天守台の南西隅の石=岐阜市、金華山
信長期の石垣が見つかった天守台西側の石垣=岐阜市、金華山(岐阜市提供)
池田輝政期の石垣と瓦が見つかった天守東側=岐阜市、金華山
内部に木材が残存する、岩盤を掘り抜いた穴=岐阜市、金華山
見つかった南西部角の石を指す柴橋正直市長=岐阜市、金華山(岐阜市提供)

 岐阜城跡の発掘調査を進める岐阜市は30日、現在の復元された天守の下部に当たる天守台南西角に、戦国武将の織田信長が築いた石垣の一部とみられる石が見つかったと発表した。これまでの調査で、天守台西側では北西角などでも同時代の石垣が見つかっており、今回の調査で天守台西側の長さが約14メートルであることが分かった。市は「信長期の天守台の規模解明に迫る発見」としている。

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 信長が築いた天守は安土城が最初とされるが、金華山で約14メートルの規模の石垣が見つかったことで、石垣の上に天守が存在し、安土城より前に岐阜城の天守が造られた可能性が高まった。

 天守台の石垣は1910年に天守を復元した際、石垣の規模を縮小して積み直したため、戦国期の石垣は残っていないと長く考えられていた。しかし2019年度調査で、北西角に信長が築いた石垣が初めて見つかり、20年度にも現在の天守下に戦国期の石垣が残っていることが確認された。

 日本城郭史が専門の滋賀県立大の中井均名誉教授は「日本城郭史で、安土城で完成したとされる『天守』の起源を考える上でも重要な発見」と指摘した。

 一方、天守東側の調査では、池田輝政が築いたとみられる石垣の一部の周辺約160平方メートルを発掘。最大4段分の残存状況が良い石垣と、廃棄された大量の瓦が見つかった。一ノ門近くの岩盤を掘り抜いた巨大な穴では、内部に高さ約50センチ、横約30センチ、縦約40センチの柱のような木材が見つかり、木材は礎石のような石に載っているという。木材の年代や樹種を科学分析する。

 天守東側と一ノ門の発掘現場の一般公開は31日~2月5日の各日午前10時~午後3時。申し込み不要。天守台南西部は狭く危険なため非公開。