来年1月27日に公開される俳優の木村拓哉さんらが出演する映画「レジェンド&バタフライ」。11月に岐阜市で行われた「ぎふ信長まつり」では木村さんや岐阜市出身の俳優の伊藤英明さんが映画の役の装いで騎馬武者行列を行い、大きな話題となった。この映画で木村さんは誰もが知る戦国武将、織田信長を演ずるが、伊藤さんが演ずる福富平太郎貞家(ふくずみへいたろうさだいえ)が何者なのかいまいちよく分からない。そこで福富がどういった人物なのか調べたところ、実在の人物と確証を持って言えないものの、伊藤さんが演じるのがぴったりだと感じさせられるようなストーリーが浮かんできた。(鈴木隆宏)

かんたん検索! 岐阜県・東海のイベント お出かけ情報総合サイト「ぎふっと!」
「ぎふ信長まつり」で騎馬武者行列の出発前にポーズを決める織田信長役の木村拓哉さん(右)と福富平太郎貞家役の伊藤英明さん=11月6日、岐阜市

 公開前のため記者は映画をまだ見ていないが、同僚の記者は試写会で映画を見た。同僚によると、福富平太郎貞家は一貫して信長の妻の濃姫に仕える侍従で、濃姫への忠誠心に厚い人物らしい。初めは濃姫の父の斎藤道三の家臣で斎藤家に仕え、次に信長の家臣になる。

 「レジェンド&バタフライ」で福富平太郎貞家を演じる伊藤英明さん(©2023「THE LEGEND & BUTTERFLY」製作委員会)

架空の人物の可能性

 思った以上に調査は難航した。戦国時代に詳しい岐阜市文化財保護課主幹の内堀信雄さんから織田信長の家臣を網羅した辞典「織田信長家臣人名辞典」を教えてもらい、調べてみるもこの人物の名前は見当たらない。福富の名字を持つ人物は、福富秀勝(ふくずみひでかつ)ただ一人だった。この人物は一貫して信長の護衛や伝令、決戦兵力の役を担う馬廻として仕え、本能寺の変の際に二条御所で討ち死にしている。馬廻を務めていることから信長に信頼された人物のようだが、経歴からするとこの人物と福富平太郎貞家本人の共通点は少ない。またこの辞典にないということは、信用性の高い資料、例えば織田信長の一代記「信長公記」などに福富平太郎貞家の記載がないと想定される。このため愛知淑徳大学非常勤講師の土山公仁さん(岐阜市歴史博物館元学芸員)は「信長の馬廻の福富秀勝をモデルにした架空の人物ではないか」と推察している。

 記者もこの状況からして架空の人物ではないかと思う。しかし架空の人物だとしても、福富秀勝をモデルにして映画で福富平太郎貞家のキャラクターを造形するには一足飛びにすぎる。何かほかに創作物であっても福富平太郎貞家に関する資料があったのではないか。

福富平太郎貞家について書かれている岐阜新聞の記事

岐阜新聞の過去の記事で発見

 わらにもすがる思いで、何かヒントはないかと岐阜新聞の過去の記事を調べてみた。すると1973年1月28日の記事に名前を見つけた。NHKの大河ドラマで司馬遼太郎原作の「国盗り物語」を取り上げた際の記事だ。主人公の斎藤道三の菩提寺の常在寺(岐阜市)で、窓口の人に「ドラマに出てくる福富平八郎は平太郎ではないか」と質問している人に記者が出会ったと書かれている。まさに福富平太郎貞家の話ではないか。この記事によると記者は偶然その時持っていた「美濃国諸旧記」を一緒に調べ、「平八郎ではなく平太郎と書いてある」と答えている。

しらみつぶしに調査

 そうとなれば、早速調べよう。ありがたいことに美濃国諸旧記は国立国会図書館がインターネットで公開している。しらみつぶしに調べてみると、やはりある。福富平太郎貞家は、山県郡福富の福富七郎左衛門貞吉の子で、「一説に曰く、道三の息女婚禮の節、附属して赴きしといふ。其子平左衛門貞次は、信長に奉仕しける。天正十年六月二日、京都にて討死しける。福富の先祖は、明智家の一族なりといふ」(原文ママ)とある。

 織田信長家臣人名辞典では福富秀勝は、平左衛門尉とあり、秀勝ではなく貞次としている書もあると書かれている。つまり美濃国諸旧記を信じると、平左衛門貞次は秀勝であり、福富平太郎貞家の息子となるということだ。

「国盗り物語」にも登場

 大河ドラマの原作の司馬遼太郎の小説「国盗り物語」も調べてみよう。濃姫が結婚するあたりを中心に探せば出てくるかもしれない。重点的に読んでいたらやはり出てきた。国盗り物語では、濃姫が結婚して信長の元に向かうところで「濃姫の輿の前を、道三が彼女の終生の家来としてつけてくれた美濃山県郡福富の住人福富平太郎貞家がゆく」と書かれている。美濃国諸旧記と重なる記述だ。つまり、福富平太郎貞家は濃姫と共に織田家に赴き、信長に仕え、息子の福富秀勝も信長の最期まで伴走した、というストーリーが浮かんでくる。

 問題なのは、美濃国諸旧記が作者不詳で編纂時期も不明だが、記載してある内容から寛永(1624~1644年)末期か正保(1644~1648年)に成立したと思われる点。つまり江戸時代に入ってからの成立で、戦国時代ではない。同時代でないだけに残念ながら信用性で劣る。国盗り物語に至っては、小説のためもちろんそのまま信じることはできない。

美濃国諸旧記で福富平太郎貞家の出身地とされる美濃国山県郡福富(現在の岐阜市福富)

福富に行ってみた

 そうだ。美濃国諸旧記で福富平太郎貞家の出身地であるとされている美濃国山県郡福富に行ってみよう。何か知る人がいるかもしれない。山県郡福富は、現在の岐阜市福富。岐阜市の北東部に位置し、中心部からは車で20分ほどかかる。土地の歴史に詳しい人がいないか聞くため、まずは福富にある岐阜市の施設、北東部コミュニティセンターを訪れて窓口の人に聞いてみた。地元の歴史サークルとかないかと考えたためだが、サークルはないという。話していて、歴史のある地元の寺なら知っているかもしれないとはたと思いつく。聞くと浄土寺という寺があるらしい。行ってみよう。

福富の地名の由来となったとされる浄土寺

 突然の訪問にもかかわらず、住職の平林浄哲さん(64)は丁寧に対応してくれた。聞くと、この浄土寺が福富の地名の由来になったという説があるという。平林さんによると、浄土寺は鎌倉時代の1280年に大空澤山が創建。浄土寺には2体の仏像があるが、そのうちの1体は京都の東福寺からもたらされた観世音菩薩立像だという。また大空澤山は伊勢国の富之郷出身で、東福寺の福と富之郷の富から名前を取って、地名が福富になったという。まさか福富の由来になったとされる寺に偶然たどり着くとは。ただ残念ながら浄土寺は江戸時代に火災に遭い、その前の資料は何も残っていない。残っていたら、福富平太郎貞家について書かれたものがあったかもしれない。残念でならない。平林さんは「福富の地名に由来した名前の人物を映画で取り上げられるのはうれしい」と話してくれた。もし福富平太郎貞家が実在していたとしたら、きっと浄土寺を訪れて濃姫や信長の無事を祈っただろうと想像しながら寺を後にした。

 結局、福富平太郎貞家が実在するかまでは分からなかった。ここから先は研究者の分野だろう。ただ福富平太郎貞家のように親子で濃姫、信長に仕え、2人の波乱の人生をそばで支え続けた家臣がいたらすてきだと思う。信長まつりの際に行われた木村さんと伊藤さんが出演するトークイベントの記事を読むと(残念ながら記者は会場に入れなかった)、伊藤さんが木村さんのことを慕い、木村さんも伊藤さんを信頼している関係が見て取れた。これまで調べてきた信長と福富親子の関係のようではないか。伊藤さんが福富平太郎貞家を演ずるのは必然のような気がしてくるから不思議だ。今回の映画では福富平太郎貞家がどう描かれるのか。そんなところにも注目しながら映画を楽しみたい。

鈴木隆宏(すずき・たかひろ)  出版社、経済専門紙を経て2011年に岐阜新聞社入社。経済担当記者をメーンに、本社遊軍や可児支局、西濃支社にも勤務。6月からデジタル報道部。新型コロナが流行してから1度も映画館に足を運んでいないので、この機会に映画館で鑑賞したいと思う。