少人数で集まってテレビを見て過ごす入所者ら。コロナ感染防止に気を配りながら日々を送る=今年3月、岡山県瀬戸内市、邑久光明園(同園提供)
亡くなった入所者の遺骨など約3100柱が納められている邑久光明園の納骨堂。昨年はコロナ禍に伴い、納骨堂を含む入所者地区への立ち入りが一時期、原則禁止となった=昨年10月(同園提供)

 各地の国立ハンセン病療養所に入所する元患者が、長引くコロナ禍によって里帰りができない状況が続いている。県によると、入所者で岐阜県出身は5施設に計16人(1日現在)。平均年齢は89歳と高齢化が著しく、新型コロナウイルス感染への恐れから見通しが立たない。里帰りは元患者が訪問を機に強制隔離の記憶を伝え、県民が理解を深める機会にもなってきた。国の隔離政策を違憲とした国賠訴訟の熊本地裁判決から20年。識者は「交流の在り方を見直す必要がある」と指摘する。

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 70人の元患者が暮らす岡山県瀬戸内市の国立療養所「邑久(おく)光明園」には、岐阜県出身の入所者10人でつくる県人会がある。県は県社会福祉協議会の協力で元患者の県内訪問や、ボランティアらを招いて療養所を慰問する交流会を実施し、熊本地裁判決後の2002年からは毎年続けられてきた。昨年は新型コロナ対策で全て中止になった。

 「コロナが憎いです」。そう話すのは、恵那市上矢作町出身の女性(86)。国の隔離政策で14歳のころに故郷を追われて同園に来た。県内の名所などを巡る2泊3日の里帰りやボランティアとの触れ合いを楽しみにしてきた。「嫌になって岐阜を出てきたんと違うし、石ころ一つでも懐かしいですわ」。中学校の同級生から届いた手紙をきっかけに昨年5月、古里で旧友たちと再会することになっていたが、コロナ禍で取りやめになったままだ。

 県社協は今年2月、出身地の風景やボランティアらの近況を撮影したビデオレターを制作して送るなど、故郷を懐かしんでもらおうと知恵を絞った。石原さんは「感謝しかないし、申し訳ないぐらい。でも、できることなら古里の土を踏みたい」と残念がる。

 同園は15日までに、入所者と職員へのワクチン接種を完了した。ただ、今後の交流について県社協の担当者は「療養所の意向も酌みながら、世の中の状況に合わせて慎重に判断せざるを得ない」と話し、本年度の実施も未定という。

 近年は入所者の希望や健康状態に合わせ、個別の里帰りが主の事業に切り替えた自治体もある。ハンセン病の歴史に詳しい敬和学園大(新潟県)の藤野豊教授(歴史学)は「大いに交流があった時期を過ぎ、高齢化で当事者の語り部も限界に来ている。強制隔離の経験を伝承する人材を各自治体で養成するなど、コロナにかかわらず歴史を伝えられる新しい方法を考えなければ」と話す。

 【ハンセン病】 19世紀後半にノルウェーの医師ハンセンが発見した「らい菌」による感染症。皮膚や末梢(まっしょう)神経に症状が出る恐れがあるが、感染力は弱い。日本では医学的根拠がないまま隔離が始まり、1931年に全ての患者を療養所に強制隔離できるとする、旧「らい予防法」が成立。薬の開発で治療法が確立した後も、断種や中絶の強要、罪を犯した場合に隔離施設内の特別法廷で裁かれるといった、人権侵害や差別が続いた。同法は96年に廃止された。