―米国の選挙の特徴は何か?
「日本の選挙については詳しくないが、日米の大きな違いは草の根キャンペーンのスタイルだと思う。どの選挙でも、戸別訪問をとても重要視している。私もボランティアと一戸一戸訪問する。それを通じて、一番人々の反応が見えてくる。直接住民と個別に話していくスタイルが本当の意味での民主主義の在り方、住民の意向を吸い上げるシステムだと思う。戸別訪問はとても米国的なスタイルで、私はいいと思っている」
「有権者は、自分のことを聞いてくれ、自分のニーズや問題について戦ってくれる政治家を選出したいと思っている。戸別訪問が重要なのは、対話し、ニーズを吸い上げ、それを聞いた政治家が戦うことを有権者が求めているからだ。政治家はしゃべることより聞くことが大事だ」
(※日本では戸別訪問は禁止されている)
―交流サイト(SNS)を使ったり、大規模集会を開いたりしないのか?
「もちろんSNS、大規模集会、電話、テレビCM、ダイレクトメールの配布を積極的にやるが、これは一方的なメッセージの配布だと思う。特に大事なのは戸別訪問して会話をすること。相手の主張を聞き、自分の考えも伝える。双方が会話をする相互関係が最終的には選挙に影響してくると思う」
―村土さんが岐阜県の選挙に出るとしたら、どんな政策を訴えたいか。岐阜県の有権者ならどんな候補者に投票したいか。
「私は祖父母、両親が岐阜県出身であり、岐阜にルーツを持つことを誇りに思って生きている。岐阜県人は岐阜県人であることを誇りに思うべきだ。岐阜の人は謙虚で有名だが、もっと岐阜の美しく素晴らしい伝統、景観を世界に発信する政策が見たい。もっと世界に向けて岐阜のよさを発信する政策を私なら作りたい」
「私が子どもの頃、夏休みには郡上八幡に帰って、吉田川で泳ぎ、郡上踊りを踊った。カランコロンというげたの音を覚えている。この風景が保全されており、3年前に家族全員で訪れたとき、米国から来た私には素晴らしく美しく見えた。水もきれいで、川が流れ、コイが泳ぐ。女性が川で何かを洗っている。こんな美しい町が日本にある。伝統的な日本の美しさを保存するだけでなく、世界の人と共有してほしい。東京や京都にはない日本の美しさが郡上八幡にあった」
―岐阜県の有権者にメッセージを。
「私と同じ岐阜県人には、岐阜県人である誇りを持ってほしい。岐阜のユニークさ、独特なものを保全・保護するだけでなく世界に向けて共有してほしい。文化や自然など岐阜特有のものがある。それを世界に発信してもらいたい。雇用や人口減など課題はあるだろうが、自分のルーツである岐阜を世界に発信してほしい」
村土家
村土家は岐阜と米国を行き来しながら世代を重ねてきた。116年前、アルさんの祖父、源次郎がその旅を始めた。
アルさんによると、祖父の源次郎(当時24歳)は1907年、仕事を求めて同郷の友人ら4人とメキシコに渡航。炭鉱で働いたが、劣悪な労働環境のため米国に移り、鉄道建設に従事した。12年に故郷に戻り、同じ郡上八幡の、すまと結婚するが15年に単身で再び渡米。19年にすまも合流し、アイダホ州で農業をした。3人の子どもを育てながら働いたが時代は機械化への転換期。農業を続けるには多額の投資が必要となり、自身の健康問題もあって38年に帰国した。
次男の二郎さんは帰国時7歳。郡上市の八幡小学校、武義中、武義高校を経て50年に岐阜短期大学(現在の岐阜女子短大)に入学。岐阜市で生まれ育った暢子さんと出会い、後に結婚した。
英語が話せる二郎さんはキャンプ岐阜(各務原市)など日本の米軍基地で働いた。沖縄の米軍基地に勤務していた64年にアルさんが生まれた。
アルさんは沖縄で育ち、カリフォルニア大学バークレー校、ロサンゼルス校で学んだ後、検察官に。2012年、カリフォルニア州議会下院議員に当選した。南カリフォルニア岐阜県人会会員。幼少期、夏休みになると郡上八幡の長良川で泳いだり、岐阜市や大垣市の親戚を訪ねたりしていたという。












